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『セクシー田中さん』は映像化が難しい漫画なのか?~脚本術から見る検証①

始めに

先月テレビドラマ化の条件、契約を巡って制作側と漫画原作者の方との間でトラブルが発生していたニュースが報じられました。両者の話は食い違ったまま解決に至らず、数日後に原作者の方の死という前代未聞の最悪の結果となりました。この事件をきっかけにこれまで看過されてきた、メディアミックスのあり方の問題点が一気に表面化してきました。
尊い命が失われた後で遅きに失した感は否めませんが、二度とこのような痛ましい事件が起こらないように、再発防止へ必要な議論をすべき時だと考えています。クリエーターが苦しんでいる今の状況を将来に向けて、様々な知見を集めて出来る限り改善していくことが、遺された私達の義務だと思います。

脚本の技術について

現在進行形の議論で出ているイシューの一つが「漫画と映像作品は違うので、脚本に落とし込むのが難しい」というものです。現段階で(私の知る限り)その技術の内容について語っている人を見ないので、微力ながら私の持っている知識でも、世の中のお役に立てばいいと思い、このnoteを書くことにしました。
私はアマチュアですが、英語圏の通信教育で創作、脚本の技術を数年かけて学び、エミー賞受賞者のプロの先生の添削指導を受け、”Creative Writing”のディプロマを取りました。ここでは脚本がどのような要素で構成されているかの説明と合わせて、件の作品『セクシー田中さん』は脚本・映像化するのが難しい漫画なのか?という一点に論点を絞って検証していきます。

A truly great script has the power to transport the audiences into the mind of the character. (真に優れた脚本は観客を登場人物に感情移入させる力を持っている) 


映画・ドラマは役者のパフォーマンスと音声・映像によって、ストーリーを視聴者に伝える、コラボメディアです。素晴らしいドラマを見れば、人は心が揺さぶられます。しかしいくら伝えたい話があっても、自分が言いたいことかボンヤリしてたり、いつどこで誰と何をしたかグチャグチャのまま話せば、相手は意味が分からず混乱するでしょう。脚本は考えを整理して、物語を順序立てて伝えるために欠かせない、大切な土台なのです。

プロット

The impossible could not have happened, therefore the impossible must be possible in spite of appearances.ーAgathe Christie
(不可能なことは起こりえない。よって不可能に見えても可能なはずだ)

プロットとはストーリーラインで、何が起こっているのか出来事を書きます。世の中にはアクション、サスペンス、恋愛ドラマなど様々なジャンルがありますが、どれも基本は同じです。粗筋が複雑すぎると理解するのが難しく、見てる人はストーリーにハマることは出来ません。一方始まってすぐに予想がつく話も、最後まで見る気を失くします。予想外の展開で楽しませつつ、ラストで上手く着地させて「面白かった!」と満足させるーそんなプロットが常に求められています。

プロットの種類
ドラマのプロットには大きく分けて4種類あります。
①EPISODIC PLOT
起源は18世紀です。物語が常に同じテンポで水平に進みます。ドラマの進行具合と登場人物のテンションはあまり関連がありません。ドラマシリーズによく使われます。日本だとアニメ「サザエさん」がその典型ですね。
②HERO’S JOURNEY
別名「神話の法則」と呼ばれます。普通の主人公が冒険に出て敵に立ち向かい、戦いに勝利して問題を解決、再びスタート地点の日常生活に戻ってくる型の物語です。スーパーマンのようなリアルヒーローだけでなく、「ファインディング・ニモ」「リメンバー・ミー」などハリウッド、ディズニー(ピクサー)映画によく使用されています。
③MOUNTAIN PLOT
その名の通り、山登りのごとく、上を目指して進む主人公の成長物語です。始めに主人公の目標を定め、立ちはだかる壁を一つ一つ克服し、ゴールに向かうまでのプロセスを書きます。ラストで主人公が目標達成出来たかどうかが判明します。結果が必ずしも成功とは限りません。失敗に終わることもあります。日本のドラマでは「ドラゴン桜」「下町ロケット」がこのパターンです。
④W PLOT
Wの文字の形のように物語が進行します。主人公が第一関門のバリアを乗り超えて、「やったー!」と喜んだのもつかの間、次に思わしくない事態に陥り、失敗して下に落とされガーン!そしてまた新しい難題が待ち受けていて予想外の展開に…のアップダウンを繰り返しながらジグザグに前に進んでいきます。

セクシー田中さん喪女として孤独な人生を送っていた田中さんが、ベリーダンスに出会い、踊ることに生きがいを見出します。ある日ダンサーSaliとして踊っているところを同じ会社の若い女子、朱里に見つかってしまいますが、そのことをきっかけに社会的に孤立していた彼女の周りに、温かい人間の輪が広がっていきます。田中さんと他の登場人物がお互いに影響を受けて、自分の殻を破るための一歩を踏み出す、そんな小さな成功と失敗体験、紆余曲折を重ねるうちに、気がつけばほんの少しずつ皆が前向きに変わっていくーそんなハートフルな群像劇です。W PLOTにピッタリ当てはまりますね!W PLOTの型で完璧に表現出来ます。

ではこの作品をそのまま書き起こせば、脚本になるのでしょうか?
次にさらに重要な項目について見ていきます。


キャラクター

Creating believable people is a whole lot more important than creating a watertight plot.- Sam North(現実にいそうな登場人物を生み出すことは、隙の無いプロットを作るよりもずっと重要だ)

キャラクターはストーリーの要です。登場人物が行動して物語を動かすからです。同じ粗筋でも登場するキャラクターが変われば、ストーリーは大きく変わります。プロットが料理のレシピなら、キャラクターは材料と同じ役割を果たします。同じ作り方の味噌汁でも、豆腐の味噌汁とアサリの味噌汁では全く別物になります。また料理の出来を大きく左右するのは材料の状態です。材料が賞味期限切れか新鮮かで、味わいは当然違ってきます。今の時代にそぐわない古臭いキャラが出てくると、ストーリー全体が陳腐になります。その反面、現代の価値観の枠組みから突き抜け過ぎたキャラも現実味が無くなって、ストーリーのまとまりが崩れます。多くの物語で見慣れたステレオタイプのキャラクターが登場するのは、話が崩壊しないように型にはまったベタなキャラを使う方が安全だからです。これまでのドラマ史の延長線上に無い、斬新かつ魅力的なキャラクターを作るのはかなり難度の高い仕事です。

ハリウッドを始めとして、英語圏ではドラマ、映画の脚本を書く場合いきなりストーリーを書き出さず、最初に登場人物の経歴を必ず作ります。登場人物の背景、誰と友達か、趣味は何か、これまでどう生きてきたか、過去にどんな出来事があって、何が人生のターニングポイントになったのか、出来るだけ多く詳しく書き出します。それらの情報がたとえ作中に出て来ないとしても、まるで実在しているかのようなリアリティーを持たせるためにキャラクターの経歴作りは必要不可欠なのです。

キャラクターの経歴が出来上がった後は、ドラマ内で実際に動かすために
以下の4つの点を考慮します。

①どんな風に話すか
どんな話し方をするかで、その人の性格を表現出来ます。丁寧語でフルセンテンスは礼儀正しい、几帳面と思われますし、くだけた言葉は馴れ馴れしさ、軽さを感じさせます。あまり話さない人は内気、粗雑な物言いはアグレッシブなど、使う言葉と話し方は、キャラクターの印象を決めます。

②どんな反応をするか
同じ出来事でも受け取め方、反応は人によってそれぞれ違います。他人に失礼なことを言われた場合、Aさんは怒りますがBさんは涙を流します。詐欺に騙されたらさっさと諦める人がいれば、裁判で決着がつくまで戦う人もいます。このように感じ方考え方が異なる各キャラクターがぶつかった時に、化学反応が起こってドラマが生まれます。全員が善人なら「それでいいよね~」と話の着地点が不明確になりますし、悪人ばかりではお互いがいがみ合って問題が収束しません。

③どこに住んでいるか、どんな関係で繋がっているか
どんな場所に住んでいるかどんなグループに所属しているか、どんな人間関係の輪の中にいるか、登場人物はどんな経路でお互いを知ったのか、しっかり作り込まないと物語に綻びが出ます。リアリティーのある設定が、キャラクターに説得力を与えます。

④どのように接しているか
誰に対しても同じように公平に判断する人はいません。同じミスをされても自分にとって好ましい人なら評価は甘くなりますし、嫌いな人へは厳しい目を向けるでしょう。また好き嫌いだけでなく、人間は自分と相手との距離間によって態度を柔軟に変化させる生き物です。物理的心理的に距離が近い相手には親しさを表しますが、距離が遠い相手にはワンクッション置くなど壁を作ります。家族にはベタベタ甘えても、外で出会う他人にはそっけない態度を取ったり、同じ一人の人間でも、同僚、知人、親友、恋人、家族など相手次第で、見せる自分の顔も変わってきます。

これらを踏まえて『セクシー田中さん」に登場する主要キャラクターを、チェックしてみましょう!

田中さん
物語の中心人物。普段の姿はひっつめ髪にメガネでメイク無し39歳喪女。夜はペルシャ料理店Sabalanで、派手なメイクに露出の多いコスチュームのベリーダンサーとして舞台に立つ。社内で経理部のAIと呼ばれるほど、仕事は迅速だが人前で殆ど感情を見せず人間味が無い。超優秀でいくつもの難関資格に合格し語学に堪能だが、子供時代からボッチだったトラウマが原因で周囲に心を閉ざしている。生まれて40年近く一度も友達も恋人も作れず、心はロマンティックな恋愛を夢見る乙女のまま。飼っているハムスターの名前は真壁君(©ときめきトゥナイト)。何ごとにも卑屈だったため猫背になるが、ベリーダンスと出会ってから背筋を伸ばせるようになる。Sabalanのマスター三好さんに片思い。

朱里(あかり)
物語の語り手。外見は可愛いが中身は腹黒という二面性を持つ23歳派遣OL。日に日に若さが失われていくことを恐れて、女性の価値が下がる前に自分を早く売りたいと婚活中。見た目の良さと明るさで常に男性にチヤホヤされるが、本当に好きだった進吾の本命にはなれなかった経験から自己肯定感は低い。会社の田中さんの後姿を見て、スタイルが良くなっていることに気づく。たまたまペルシャ料理店で食事をしている時に、ステージで踊っていた田中さんと鉢合わせになる。それまでは異性に好かれようとぶりっ子キャラを作っていたが、田中さんを推しにすることで人前で本音を言えるようになる。
笙野
銀行マン36歳男性。堅実な結婚相手を求めているが、男転がしの上手い女子にいいように騙されて以来、ミソジニーをこじらせている。「女は男をたぶらそうとしている」というかなり偏った女性観を持つ。家事炊事は完璧にこなす。映画に詳しくアベンチャーズシリーズのロキが好き(※ロキは100%裏切る悪役)。合コンで出会った朱里を通じて、田中さんと知り合う。始めは田中さんをおばさん呼びするなど失礼な態度を取るが、田中さんと関わっていくうちに、「田中さんは人に知られていない名作映画だ!」と彼女の魅力を発見し、世界の見え方が変わり始める。

小西
広告マンで笙野の友人。チャラ男。学生時代高根の花だった女子に相手にされず、頑張って勉強してスペック上げた過去がある。笙野と共に参加した合コンで朱里に出会う。朱里にアプローチをかけている。チャラい小物だが徐々に朱里に一途になる。

進吾
朱里の友達。酔った勢いで朱里と肉体関係を持つが、友達のつもりだからと朱里を恋人に格上げする気は無くキープ状態。たまに朱里の部屋に泊めてもらうなど都合よく利用している。朱里が田中さん推しになり自分から離れようとすると引き留める、「俺は君の気持ちに応えられないけど、君は俺を好きでいなさい」クズ男あるあるムーヴで自分だけが可愛い男子。

三好さん
ペルシャ料理店Sabalanのマスター。既婚男性。ベリーダンサーとして踊る田中さんの舞台に出て楽器を演奏している。田中さんを「京子ちゃんキレイだねえ~」と褒めたことで、田中さんに惚れられる。女たらしとして朱里に警戒されている。

作品を知らない方には是非読んで実際に確かめて頂きたいのですが、キャラクターそれぞれ、外見だけでなく、話し方、性格、思惑など、全て描き分けられていて特徴があります。キャラ被りは一人もいません!どのキャラも現代的な悩みを抱えています。教科書のお手本のように、見事に主要登場人物のキャラが立ってます!『セクシー田中さん』はプロット、キャラクター共にしっかりと構想を練られた、非常に脚本にしやすい性質を備えた漫画だということが分かってきました!次の項目に移ります。

キャラクターの動き

Visualizing the scenes brings it to life.
(シーンを視覚化すると、生命が吹き込まれる)

プロット、キャラクター設定が決まった後は、実際に映像の中でキャラクターを動かしてみます。脚本はセリフだけではありません。セリフに表れない登場人物の動作を書きます。喋ってない間もベットに寝そべっていたり、スマホをいじっていたり、日常の何気ない仕草を書くことで、文字だけのキャラクターを生き生きとさせます。

人々のリアクションは、シーンを盛り上げます。パニック映画、ホラー映画などで多用されます。映画『タイタニック』では豪華客船が沈没していくシーンと、その間の人々の行動が映し出されます。演奏を続ける音楽隊、パニックになって逃げ惑う人々などの行動が混ざり合い、ドラマティックに見せる効果を生み出しています。

またヒューマンドラマでよく使われる手法ですが、登場人物がドラマの中で人間的に成長した時に、ストーリーの最初と最後で行動を変えます。16歳の女子高生が妊娠する映画「JUNO」の主人公ジュノは、始めのうちは責任感の無い行動を取り、周囲と衝突します。話が進むにつれて周りの大人によって徐々に成長し、ラストで行動が変わっていることで、子供から大人になりつつあることが示されています。

キャラクターを上手く動かすための5つのノウハウ
シーンの中で登場人物をなかなか上手く動かせない、話すシーンしか書けない、話が前に進まない、など悩んでいる人は以下の5つの点を意識してみて下さい。

①激しいアクションを入れる
登場人物に激しい動きをさせる。ダンスをする、筋トレをする、追いかけられて逃走するなど、フィジカルにキツい思いをするシーンを取り入れましょう。緊張感が出てドラマが引き締まります。

②セリフで内面を語らせる
普通の会話シーンが長く続くのは、見ていてつまらないものです。話をするシーンでは、登場人物に自分の内面、人に隠していた悩み、秘密を打ち明けるなど重要な話をさせましょう。静かで映像的な動きは無くても、ストーリーにのめり込ませるフックになります。

③コンフリクト
ドラマの黄金律です!何故登場人物にケンカさせるのか?話が盛り上がってさらに面白くなるからです。誰と誰が仲が悪い、お互いの意見の対立、誤解から口論になるなど、色んなタイプのコンフリクトがドラマの中に使われています。

④強めの行動をさせる
登場人物に普通の喜怒哀楽のラインを超えた行動をさせましょう。人間は激しい感情が沸き上がった時、極端な行動を取りがちになります。婚活に失敗してボロボロ号泣する、信用していた相手に裏切られて怒鳴るなど、感情的になって取る行動は映像的にもインパクトが出ます。物語のターニングポイントになったり、テーマを強調させる効果があります。

⑤複数のキャラの動きを組み合わせる
同じ散歩でも落ち着いた大人とはしゃぎまわる子供では、歩き方が異なります。また同じ会社員でも行動力があって活発な人、やる気が出ない人では仕事の取り組み方が違います。対照的な行動を取る、またはテンションが違ういくつかのキャラクターを同一シーンに登場させることでメリハリが出て、ストーリーにテンポが生まれます。

ここでまた『セクシー田中さん』に話を戻しましょう。

まず物語のベースになっているのが「ベリーダンス」。豊穣の祝いとしてアラブ女性に受け継がれてきたこのダンス、地域によって色々なスタイルがあるそうですが、作中では官能的な踊りとして描かれています。ダンサーとして舞台で踊る田中さんの姿だけでなく、レッスンで教える先生、レッスンの生徒さん、その対比としてリズム感が無くてヘタクソな初心者の朱里など、ベリーダンス内でダンスのレベルの差があります。各自バラバラのレベルでダンスの練習をしている姿は映像作品に取り入れやすいでしょう。

また田中さんはいつもペースが同じ人ではなく、その時々で違うペースの行動を取ります。会社では機械のように速いスピードで働きます。夜は濃艶なダンサーとしてゆらゆらしたベリーダンスの動き、朝は一定のペースのジョギングなど行動のテンポを変えています。田中さんの行動をなぞるだけでも十分ドラマにリズムが出ます。

四十肩が原因でベリーダンスが踊れなくなってしまった田中さんは、自分の生きがいを見失います。それまでは朱里の賛辞に対して、冷静だった田中さんですがショックのあまり、初めて朱里に感情をぶつけてしまいます。朱里の慰めの言葉は、ベリーダンスに打ち込んできた田中さんにとって励ましにはならなかったのです。その結果、朱里は憧れの田中さんが自信に満ちているわけじゃない、精神的な脆さを抱えた女性であることに気づきます。それがキッカケとなり、朱里は田中さんに憧れる側から助ける側に移行します。田中さんは朱里に怒鳴ったシーンが、物語のターニングポイントになっています。無邪気に田中さんLOVEだった朱里がここで精神的に大きく成長します。

田中さんのために四十肩について情報を得ようと、朱里は進吾に連絡します。別れ際に朱里は進吾のコントロール下にいるのは止める、あやふやだった二人の関係はもう終わり、と進吾に決別する意を伝えます。飲食中ではなく店を出てからのシーンで、ここでの二人は立ったまま会話をしています。ほぼ静止した状態で重要な話をする朱里。緊迫した空気が伝わります。

書き出してみて、『セクシー田中さん』がことごとくドラマツルギーのポイントを抑えて作られていることに、驚きましたね!芦原先生の構成の上手さには感嘆しました。何度もドラマ化オファーの話が来たのも、納得ですね!
(※別に『セクシー田中さん』アゲ記事を書いている意図は無いですよ!)

思った以上に長くなりましたので、一旦ここで区切りをつけます。

次回の記事では問題の発端となった「セクシー田中さんの映像化の難点」「この漫画のテーマ」「脚色する時に気を付けること」などについて取り上げたと思います。


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ボニータ
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