カブシキ!-歌舞四姫- #2
その日、全世界のアイドルファンは、テレビに釘付けとなっていた。そのパフォーマンスを目にした誰もが、画面に映る3人組の動きに魅了されていたのだ。
彼女たちの激しいダンスはまるで、世界大恐慌を目の当たりにした投資家のような動きだった。下がったと思えば上がり、動いたと思えば止まる。不規則にして、それでもどこか狂気じみた美しさを感じさせるその踊りからは目が離せない。
そしてまた、流れる彼女たちの歌も圧倒的だった。ストップ高など微塵も感じさせない伸びやかな歌声。激しい動きとは対照的に、どこか安定成長の気配すら覚えるその声…。
この2つが合わさり、テレビの前の視聴者たちは、彼女たちに確かな明けの明星を見出したのである。
「カブシキ!-歌舞四姫- 2040年度第1四半期決算報告ライブ中継」は、その後のアイドル経済に大きな影響を及ぼす事になる。
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「はぁ~っ、お疲れ~」
ライブ配信が終わって早々、3人の中で1番背の高い彼女が、衣装のまま楽屋のソファーに倒れこむ。
彼女の名前は井澄みずほ。頼れる歌舞四姫のリーダー、いわば代表取締役である。
「もう、みずほちゃん、いくらカメラが無いからってそんな…」
そう言うメガネの彼女も、安楽椅子に座って魂が抜けたような状態だ。
彼女は野村新佐。ニーサの愛称で株主たちから親しまれる、真面目なアイドルだ。
「いくらネット配信だからって10時間ぶっ続けでやるの、マジわけ分かんなー…」
椅子を並べて横たわり、3人目がそう呟いた。
彼女は大葉貴音。半年前に加入したばかりの、ツインテールがかわいらしい期待の新人である。
「…貴音、椅子の上に寝るのは良いけどそれ、体痛くならないの?」
「別にこれくらい……………確かに固いけど…」
「ほら、こっち、ソファー来なさいよ、ここ、ここ。」
自ら起き上がり、パンパン空いたスペースを叩くみずほ。貴音も渋々と移動した。
「もう、しょーがないわね。…よいしょっと。ありがとさん。……にしても、10時間よ、10時間。」
「まあまあ貴音ちゃん…今回のライブをオンライン配信する事は、株主総会の決定でもあるし…」
「相ッ変わらず非常識的な決議出すわよね、株主総会って。てか、このライブ配信ってそもそもグループの経営に関する事項でしょ?所有と経営の分離って言葉知らないのかしら?」
「あらー、よくそんなこと勉強してきたわね。」
「あったり前でしょ。自分の所属するアイドルグループが、株式アイドルとかいうワケワカンナイ制度で動いてんだもの。勉強の1つや2つでもしたくなるわよ。」
「でも貴音ちゃんが真面目に歌舞四姫に向き合ってくれてるみたいで…私嬉しい…ですね。」
「ニーサ…、まあ、ね。一応アタシもメンバーだし。」
「貴音がどう思うかはさておき…今回のライブ配信は、経営上合理的な判断よ。この場面で露出を増やす事で、年末のワールドアイドルフェスティバルへの布石にもなるしね。」
「ワールドアイドルフェスティバルねぇ…」
「私たちの目標は世界一のアイドルよ!そのためには、どんな経営努力も惜しまないわ!」
「その努力、『経営』って付ける必要ある?…ともかく、世界を目指すって言ってもねえ。まだまだ日本国内にも敵は多いわよ?」
日本はアイドル大国である。なんと言っても、アイドル爆発の爆心地である日本は、「一億総アイドル社会」と揶揄される通り、とにかくアイドルグループの数が多い。歌舞四姫の他にも、ファン全員が”P”として楽曲をプロデュースする事で人気を博した「ウタウ」、横綱への昇進も間近と噂される物見山吉宗関が率いる力士ユニット「HaKkiYoI」など、強力なライバルが多くいるのが、日本のアイドル業界である。世界を目指す以前に、これらのアイドルと国内の覇を競わねばならないのである。
「やっぱり…私たちも、もっと魅力を高めて行かなければなりませんね…。」
「ニーサ、アンタほんっとうに真面目よね。」
「でもニーサの言うとおりだわ。私たち自身でもできる事をしていかないとね。」
「コツコツ、積み立てです。」
「例えば…『歌舞・四姫報』に、私たちならではの面白い連載を載せてみるってどうかしら。」
「アタシはファンクラブの冊子を、そのダッサイ名前で呼ぶことをやめる事が先決だと思うんだけど。」
「四姫報の名称変更は株主の決定事項だから…」
「どこにでもしゃしゃり出てくんのな、株主。」
「株主が決定できるのはメンバーの選解任、その他役員の選解任、今後の方針、ツアー・ライブの方針、グループの解散、その他株主が重要と判断した事項よ。」
「ほとんど全部じゃ…ってちょっと待ってよ、アタシたち株主の意向一つで解散させられんの?」
「そりゃそうよ、株式アイドルなんだもの。」
「…やっぱこのシステムおかしいわ…」
「えっとね貴音ちゃん、一応、歌舞四姫は会社法にも適合している立派な株式アイドルで…」
「そうよ、貴音。会社法が定めるところの株式会社ってのは、遊休資本の純粋な蓄積としての株式会社から、従来の有限会社のような閉鎖会社まで、すべてを『株式会社』として引き受ける、懐の深い会社形態で…」
「誰も法的な指摘はしてねーよ!もっと世俗的な視点を持てよ!」
「あら、この上なく合理的で資本主義的なアイドル運営だと思うのだけど」
「この世のどこに資本主義を念頭においてパフォーマンスするアイドルがいるっていうのよ!」
「でも共産主義を念頭においてパフォーマンスする集団はいるじゃない」
「はぁ……」
突然10時間分の疲れが押し寄せたのか、貴音はどんよりとした雰囲気と共に横になった。
「で、新連載よ、新連載!何かこう、株主さんいつもありがと~♪っていう感じの連載が良いわよね!」
「…その新連載ってのは株主様の決議要らないわけ?」
「これは『経営に関する事項』だから取締役である私たちに権限が一任されているのよ。」
「あ、そう…」
ガバガバガバナンスね、と、貴音は小さく呟いた。
「でも、株主さんに感謝を伝えられる、という連載とは、どのようなものなのでしょうか。私たちの写真集などは既に株主優待として送付してしまっていますし、決定事項等の周知なら、そもそもオンラインですし…。」
「んー…そうねえ、歌舞四姫クロスワードとか?」
「…なんか、新連載っていう割には弱くない…?」
「全部解けたら、うちのグループの内部情報をプレゼント」
「なにしれっとインサイダー取引しようとしてんのよ!遵法精神どこやった!」
「あら、復活したわね。」
「アンタ、涼しい顔してなんで突然金融商品取引法を侵そうとしてるわけ?」
「そうです…さすがに法律まで犯すのは、ちょっと。」
「あらま…参ったわね。こうなると剰余金による自己株買いぐらいしか思いつかないわね、魅力を高める手段。」
「新連載はどうしたのよ!てか、どうして自己株買いがアイドルグループの魅力を高めるのよ。」
「市場に出回る株式が減れば、株価が上がるじゃない」
「経済的魅力の方かよ!」
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同日、某所。薄暗い部屋の中で、一人の男がライブ配信の終わった画面を見つめていた。
「カブシキ…か。」
そう呟くと、その白髪の男はゆっくりと立ち上がり、傍らに佇む若い男に相対する。
「そろそろお前の出番だ。準備しておけ、…………フォリオ。」
フォリオと呼ばれたその青年は、ただ不敵に微笑むだけであった。
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「ROEやらの各種指数も向上するし、いいことづくめよね、自己株買い」
「だからアイドル的魅力を高める議論をしろよ!」
多分つづく。