カブシキ!-歌舞四姫- #1
歓声が木霊する。
ここ、新国立競技場を埋め尽くした約8万人ものファンの熱気は、最高潮に達していた。
眩いスポットライトに照らされて、3人の少女が浮かび上がる。
「みんなー!今日は私たちのために集まってくれてありがとー!」
「いよいよ次が、最後の曲になります!」
「皆さん、最後まで盛り上がって行きましょう!」
歓声が一斉に応え、一面の光の波がさざめく。
「「「『レバレッジが止まらない』!!」」」
今を時めく女性3人組アイドル、「カブシキ!-歌舞四姫-」。
彼女たちの「2039年度定期株主総会」、その千秋楽公演は、後に伝説として語られることになる。
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「はぁ~っ、お疲れ~」
楽屋に入って早々、3人の中で1番背の高い彼女が、衣装のままソファーに倒れこむ。
「もう、みずほちゃん、流石にお行儀悪いよ…」
そう言うメガネの彼女も、パイプ椅子に座って魂が抜けたような状態だ。
「『最後の曲ですー』って言ってからあんなに続くの、マジわけ分かんなー…」
机の上に横たわり、3人目がそう呟いた。
「…貴音、机の上に寝っ転がるのは良いけど、ツインテール床についてるわよ。」
「うっわ、マジかよサイアクじゃん。」
「というより貴音ちゃん、せっかく株主の皆さんがアンコール決議してくれたんだから…、やっぱそういう態度でいるの、良くないんじゃないかなって…」
「ハーッ、全くニーサは真面目だねえ。株主想いだもん、そりゃ人気も出るわ。」
「ちょ、ちょっと…」
「こら、貴音。今の発言は株主に対する忠実義務違反なんじゃないの。仮にも歌舞四姫の一員なんだから、もうちょっと自覚をもって…」
「あのさ。」
「ん、何よ。」
「メンバーとして加入した時からずっと思ってたんだけどさ…。株式アイドルって何なの?」
株式アイドル。
それが彼女たち、「カブシキ!-歌舞四姫-(以下、歌舞四姫)」を超人気アイドルに押し上げる原動力となったシステムである。ファンはCDを購入するなどして歌舞四姫の株式を取得することができる。株式を取得したファンは「株主」となり、定期的に開催される株主総会に参加できるようになる。グループの重要事項は株主総会によって決定されるため、ファン…もとい、株主は歌舞四姫と、普通のアイドルに対するそれよりも強い「一体感」を感じるようになる。そしてその「一体感」こそが、歌舞四姫を日本屈指のトップアイドルたらしめているのだ。
「…というわけ。分かった?」
「いや分かんないわよ。」
「もう、どこが分かんないのよ。」
「全てだよ!株式アイドルという概念そのものが分かんねーよ⁉」
「あら、世はアイドル戦国時代…他のアイドルと如何に差別化するかによって勝者が決まるのよ。」
「差別化されすぎでしょ!大体何なのよ、『歌舞四姫』って!アタシたち3人グループじゃん!」
「デビュー当初は4人だったから。」
「山ちゃんは…良い人だったんですが…」
「株主総会で“卒業”させられちゃったからね。」
「おかしいだろ!解任を卒業と言い換えても隠しきれてないからな!」
「でもそれが株式アイドルなんだよなぁ。」
「諦めんな!グループのキャラのために仲間を諦めんな!」
「あら、株式アイドルにだって、良い事はあるのよ。」
「そんなの、他との差別化以外のメリットがあるわけないわ。」
「ほら、貴音…。株主総会で新メンバー迎え入れの決議がなされたからこそ、…こうして貴音に会えて、私とニーサ、そして貴音の3人でアイドル活動ができてるんじゃない。」
「……みずほ。」
「……………アレ?最初4人で活動開始、そのあと1人解任されたってのはさっき聞いたけど…。これ計算合わなくない?」
「…みつちゃん…良い人だったんですが…」
「交代じゃねーか!アタシの代わりに一人犠牲になってんじゃねーか!」
「これが株式アイドルなんだよなぁ。」
「諦めんな!一億総アイドル社会での差別化のためだけに仲間を犠牲にすんな!」
続くかもしれない。