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愛の中へ

初DJの日、一番最初にリクエストカードを届けてくれたのは、TUKASA(つかさ)ちゃんでした。

リクエスト曲は、オフコースの「愛の中へ」です。


はたちの頃、私は函館・五稜郭の近くにあったレストランでディスクジョッキーのアルバイトをしていました。

その店には『リクエストタイム』があり、お客様からリクエストカードをいただき、レコードをかけながら、おしゃべりをするという毎日を過ごしていました。

DJとしての私の第一声は、1982年1月21日午後3時30分でした。

このとき、カウンターにひとり、ボックスに5~6名のお客さんがいました。

「BONです。今日からDJのアルバイトをすることになりました。よろしくお願いしま~す。」

拍手をしてくれたのは、DJブースの目の前、カウンターの「TUKASA」ちゃんでした。

その「TUKASA」ちゃんが、リクエストカードを届けにきてくれました。

「はい、BON君どうぞ!」

「どうもありがとう、よろしくね!」

笑顔の「TUKASA」ちゃん、どう見ても、中学生にしか見えません。

なぜ、「TUKASA」ちゃんなのか、すぐにわかりました。

笑顔、そして前歯が、アイドルの伊藤つかさに似ていました。



「TUKASA」ちゃんは、週に2回ほど来ていました。

たまに同級生の女の子と一緒のことがありました。

カウンターにすわり、パフェを注文し、リクエストカードを書き、らくがき帳を書いて、じゃあ、バイバイと言って帰ります。

あとでわかりましたが、中学2年生でした。

制服ではなく、私服に着替えてから来ていたようです。

通っている中学校は、すぐ近くにありました。

中学生が喫茶店またはレストランに入ってもよかったのでしょうか?

とくにこの時は、規制されてはいなかったようです。

制服で来ていた中学生もいました。



4月になって、中3になった「TUKASA」ちゃん。

相変わらず、週2ペースで来ていました。

この子は、いくらお小遣いをもらっているのか…?

両親が共働きで、兄弟がいない?

お金はあるから、こどもに有り余るほど与えている?

ばあやを巻いて、豪邸から抜け出して…。

妄想はふくらみます。

余計なお世話ですね…。



5月ころから「TUKASA」ちゃんが姿を見せなくなりました。

風のウワサによると、「TUKASA」ちゃんの中学校が、喫茶店禁止令を出したそうです。

そのうちに、私も「TUKASA」ちゃんのことを忘れていきました…。



年が明け、3月に私は卒業です。

15日が卒業式でしたので、その2日前の13日がラストDJです。



3月に入ってすぐのある日。

DJブースに入ってすぐ、私は気づきました。

カウンターに「TUKASA」ちゃんがすわっていたのです。

あの笑顔です。

でも、ずいぶん大人っぽくなったなあ…。

「TUKASA」ちゃんがリクエストカードを持ってきました。

「BON君、久しぶり!DJやめちゃうんだって~、それ聞いて今日来たんだよ!」

それだけ言って、カウンターの席に帰っていきました。

「TUKASA」ちゃんのリクエストカードを見ると、びっしりと文字で埋められていました。



ずっと来たかったんだけど、がまんして、受験勉強してたんだ。

あたし、頭弱いから…えへっ!

でも、なんとか高校入れたよ!

高校生になったら、毎日BON君のDJ聞きに来ようと思ったら、やめちゃうんだね。

しばらく来られなかったけど、丸井デパートの前でチラシ配りしてたBON君を反対側から何回も見たよ!

声かけたかったけど、はずかしくって、やめちゃった!

卒業おめでとう!

BON君、落第すればよかったのに…グス。

BON君、お仕事がんばってね!

また、会おうね!

バイバイ。


もうボロボロです。

いつのまにか、レコードが終わっていました。

「ぐすっ…次のリクエストは、TUKASAちゃんからの久しぶりのリクエストです!オフコース・愛の中へ…じっくり聞いてくださいね」



店の従業員が「TUKASA」ちゃんからの2枚目のリクエストカードを届けてくれました。

「BON君って、泣き虫だったんだね。男の子が泣いたらダメだよ!今日は帰るね!」

そのカードが手元に来た時には、「TUKASA」ちゃんは、もうレジのところにいて、元気に手を振っていました。

どうもありがとう「TUKASA」ちゃん!

君は今も、笑顔で、元気なんだろうね…。
 
 
 
 
 
 
 
 

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