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板橋区「植村冒険館」と昭和30年代の山岳部


先日訪れた板橋区の「加賀スポーツセンター」。施設名の頭には「植村記念」と掲げてありました。


昭和の名優・西田敏行さんが植村直己さんを演じた「植村直己物語(1986年)」。西田さんの訃報があったことも重なり、その日、私はふらりとスポーツセンター3階に足を踏み入れました。

(追悼番組の放送予定:11月4日 [BS] 午後12:30~2:51)

そこには植村直己さんの展示室「植村冒険館」がありました。


植村直己さんの本も多数

植村直己さんといえば、日本人初のエベレスト初登頂や世界初の犬ぞりで北極点単独行、五大陸の最高峰登頂など数々の偉業を達成した日本を代表する冒険家です。


小さな展示室でしたが、そこに私にとってひとつの重要な資料が展示されていました。


それは父と植村直己さんの、ある冬の思い出が刻まれた日時です。


これを見て、父のぼやきが嘘でないことが判明!(同館展示物)

植村さんは明治大学、父は立教大学、昭和35年(1960年)に山岳部に入部します。「植村さんと俺はお互いに学年も一緒だった」と父は回顧しています。


父が在籍したのは経済学部でした。飛騨の山奥で育った山ザルのような父が、“山人脈”を駆使して入学できたのは、戦後の復興期の昭和30年代が、全国的な山登りブームを迎えていた時代と無関係ではありませんでした。


勉強嫌いな父は卒論を母(当時の彼女)に押し付け、本人は「立教大学山岳部」を標榜し、青春を謳歌しまくっていました。しかしながら、謳歌というにはその現実はあまりに過酷で、「しごき」の毎日だったことが、父が書き記した学生手帳からも伺えます。本人も「多くの新人が耐え切れず脱落していった」といいます。


学生手帳には山のことばかり。

立教大学はいち早くエベレスト(ナンダ・コート)に初登頂するという快挙を成し遂げ、「立教といえば山岳部」といった、もう一つの顔を持つようになりました。父にも在学中にエベレスト登山隊のチャンスが巡ってくるのですが、貧乏ゆえに渡航費が工面できず、ついにその夢を実現させることはありませんでした。


父の目に、同じ時代に山岳部に所属していた植村直己さんのその後の活躍は、眩しすぎるぐらいだったのではないでしょうか。


その父が、植村直己さんと語らった(最初は嘘じゃないかと疑った)という唯一の思い出が、昭和38年(1963年)1月13-15日に行われた日本山岳学生部懇親スキー大会でした。


八方尾根というキーワードが一致した!

長野県の八方尾根で行われたこの大会に父も参加するのですが、足を怪我して(父のことだから恐らく調子こいたんだろうと思う)身動きが取れなくなります。そんな父をソリに乗せて下山させてくれたのが植村直己さんだったと言います。


スキー会場は相当海抜があるところで、そこから植村直己さんがひとりでソリを引いてくれたことは、今なお父の深い思い出のようです。


このスキー大会で、立教大学からの参加者は明治大学が使っている山小屋を使わせてもらい、植村直己さんに対面したようです。そこで耳にした「俺は一般社会に馴染めない、サラリーマンはとてもじゃないができない」という植村直己さんの話は、今なお父の記憶に鮮明なようです。


まさに昭和の山岳部!(写真は同館展示物)

もちろんその後、植村直己さんが世界的な冒険家になることなど、当時誰一人として予測はしていませんでした。


一方で、彼は他の人とは違っていたと父は言います。


「我々がスキーで遊んでいても、彼はただ一人、誰も歩いていない雪の斜面を黙々と歩いていた。これは彼にとっての歩行訓練で、こうしたことの積み重ねが彼を大きくして行ったんだろう」


冒険魂は西田敏行さん演じる「植村直己物語」にも克明に

怪我をした父のソリを遠く離れた山の麓まで黙々と引っ張ってくれたのも、植村直己さんでした。


その姿も、「何も言わず、黙々と」だったそうです。


板橋区この「植村冒険館」は山岳部OBによる提供資料が見どころのひとつとなっています。


当時の山岳部OBといえば、そろそろ鬼籍に入られる方も少なくないのではないでしょうか。

私も、父にはいつかここを訪れて、あの青春の日々を思い出してほしいと思っています。


捨てずにとっておいたボロボロの学生手帳


「植村冒険館」(植村記念加賀スポーツセンター内)
東京都板橋区加賀一丁目10番5号

時間:10:00~18:00(3階 展示室入室は17:30まで)

定休日:毎週月曜日、年末年始

最寄り駅:都営三田線 板橋区役所前駅(A1出口)から徒歩約7分。国際興業バス(王22系統)「東板橋体育館入口」下車すぐ。

料金:無

TEL:03-6912-4703

WEB:植村冒険館

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