思い出の新春ミステリ(前篇)
新年あけ過ぎましたが、おめでとうございます。
すでに七草粥もすすり終え、気づけば1月も半ばに差し掛かろうとしています。
これくらいの時期になるとお正月の慌ただしさも薄れ、なんてことないお茶一杯に戻ってきた日常を感じ、しみじみその穏やかさを味わったりなんかしております。
そんな1月の静けさの中で、私が思い出すのはとある<ミステリ>シリーズ。
<ミステリ>と言っても、今回は本ではなく、ドラマのお話です。
その昔、1990年代初頭、三が日を過ぎたくらいに<ミステリ>系のとても凝ったスペシャルドラマが放送されていました。
これが当時の私の年明けのお愉しみ。
それというのは、以前ちょっと書いたことがありますが、久世光彦氏の演出による<ミステリ>ドラマです。
お正月の久世ドラマといえば、1985年から2001年にかけてTBS系列で放送されていた<向田邦子新春スペシャル>の方が有名かと思います。
しかし、同時期に三年間ほど、フジ系列では<ミステリ>物が新春のスペシャルドラマとして放送されていました。
以前(韓流ドラマが流行る前)は、午後の再放送サスペンス枠などで見かけたものの、今はそれも途絶えてしまい、BS、CSでもやらず、ソフト化も配信もなく(2025年1月現在)、個人で録画もしていなかったため、いずれも思い出の中で反芻するしかない幻のドラマとなっています。
具体的に作品名を挙げますと・・・
「花迷宮 昭和異人館の女たち」(1990年1月5日放送)
脚本:寺内小春
「花迷宮 上海から来た女」(1991年1月4日放送)
脚本:神代辰巳
「D坂殺人事件 名探偵明智小五郎誕生」(1992年1月24日放送)
脚本:寺内小春
・・・の三作品。
昭和初期の陰影を怪しく(妖しく)、美しく、切なく描き出した名作ミステリドラマです。
(ちなみに、久世さんの著作に同題の「花迷宮」がありますが、ドラマの内容とは関連しないエッセイ集です)
「花迷宮 昭和異人館の女たち」は、再放送の度に観ていたので、ある程度記憶しているのですが、「花迷宮 上海から来た女」の方は、再放送が(おそらく)ほとんどなく、当時一回観たきりなので、内容等まったく覚えていません。(嗚呼…)
南果歩さん、鷲尾いさ子さんの妖しい美しさ。ぼんやりとそのくらい。
もう一度観たい観たいと思いながら、叶わぬまま数十年経過してしまいました。
どこかのお宅の押し入れにしまわれたVHSの中で眠っているのでしょうか・・・
「花迷宮 昭和異人館の女たち」は、1935年(昭和10年)の横浜・本牧にある娼館を舞台に繰り広げられるミステリドラマ。
――娼館を下宿屋に見せるという流れからして少々コメディタッチな始まり方ですが、実際に葉子と影山がるいの前に姿を現してからは、急激に陰りを帯びて謎めいた世界へと突入していきます。
――るい同様、観ているこちらも、え?本当の娘なのどうなの?と、不安な気持ちになっていきます。
その一方で進行する、大金を巡る攻防の行方。
――葉子の正体は?大金の隠し場所は?と、謎が深まった所で、話はいよいよ大詰めに向かいます。
(再放送もなさそうなので、最後までいきます)
――ここでポイントとなるのは、偽・葉子の心の揺れです。
別に彼女には、大金をせしめようという思惑があった訳ではないんです。
ただこの境遇から自由になりたかった。そのために、堅気とはいえない影山の言いなりになっていた。
誰も自分を知らない遠い所に連れていって捨ててくれと、偽・葉子が影山に懇願する回想シーンがあります。
その時の、彼女を覆う虚無感。この希望のなさ。
藁にもすがる思いで悪事の片棒を担いだものの、かりそめの母・るいと接する内に、(境遇が似ていたからこそ)本当の葉子と同化してゆき、やがては愛情まで感じるようになっていきます。恨みや憎しみの中に潜んでいた母恋いの気持ちが芽を出すように。
るいもるいで、薄々偽者と気づいていながら、それでも実の娘であってほしいと願っていました。(真実を打ち明けられた際も怒らず、逆にいい夢を見せてもらったと感謝するくらい情が移っていた)
お互いの存在が偽りだとわかってもなお、相手を思う心に偽りはない。
どうか、本当の母子であってくれ・・・と観ているこちらも祈るような気持ちになります。
・・・でも、ふとした瞬間、今までのエピソードは全部ミスリードなのではないかと思わせる描写もあったりして、そう言いながらも実は本当の母子なんでしょと最後の最後まで観ているこちらも翻弄されます。
後半は終始張り詰めた雰囲気ですが、所々にコミカルなシーンもあります。三木のり平さんや左とん平さんといった喜劇の大御所が、なんとチョイ役で登場。新年ドラマらしい贅沢さです。
また、セットや衣装や小道具など、細かい部分までこだわって作られていて、眺めているだけでその時代にタイムスリップしたような気分になります。
イメージで作られたなんちゃって昭和ではなく、本当にそれらしい、リアルな昭和初期の雰囲気が全体に漂っているんです。
(てか、私も当時を知る訳ではないので、強いこと言えないんですが、それだけの説得力があります)
というのも、脚本の寺内小春さんが1931年(昭和6年)生まれで、演出の久世さんも1935年(昭和10年)の生まれ。
その時代の雰囲気を身をもって経験されているから、作るドラマにも当時の色を出せるのかもしれませんね。
同じ脚本・演出コンビで作られた「D坂殺人事件 名探偵明智小五郎誕生」についても語りたいことがあるのですが、長くなったので、また<後篇>につづく、ということで・・・
あの頃、こんなドラマもあったなあと、しみじみ思い出すことが多くなりました。
今の時代にはそぐわないのかもしれませんが、また観られるようになったらいいなと思います。
正月過ぎの、エアポケットのようなこの静かな時間に、ゆっくりと。