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着るのか着せられるのか

横溝正史「三つ首塔」に登場するという、プロテアのコスプレ場面。
いくはさんの記事 ↓↓↓ で知り、早速、角川文庫版を入手いたしました。

プロテアのおさらいはこちら ↓↓↓




時は、1955年(昭和30年)・・・
真面目な家庭で大事に育てられたお嬢様・音禰(おとね)が、突然の財産争いに巻き込まれ、裏街道で揉まれに揉まれるというお話。(ざっくり)

「三つ首塔」というタイトルから、あの重厚でおどろおどろしい「八つ墓村」「犬神家の一族」などの世界観を予想していたのですが、実際に読んでみると、もっとライトな感じで、まるで金田一外伝のような。

それもそのはず。
ヒロイン・音禰の日記による回想形式で物語は進むため、探偵・金田一耕助はかなり遠景にいて、存在感が薄いのです。
もちろん、名探偵のおかげで事件は収束に向かうのですが、カメラを構えているのが音禰さんなので、見える世界がいつものシリーズとだいぶ違う。
<ミステリ>を読んでいたつもりが、いつのまにか<ハーレクイン・ロマンス>に迷い込んでしまっていた、みたいな・・・
だから、「三つ首塔」とかではなく、もっとポップなタイトルにしてもよさそうな感じです。

調べてみると、物語の時代設定である1955年(昭和30年)が、そのまま発表当時(雑誌連載時)の年になるようです。
その時代の一般的なお嬢さんを想定した時に、ものの考え方とか、行動様式とか、人生観とか、そういったものが、多様性を叫ばれる今とはかなりかけ離れたものであることはだいたい予想はつきます。
幸福、それは良妻賢母の一本道、みたいな。
音禰さんは育ちもあって、おそらくその傾向が人一倍強い。

それなのに、嗚呼、それなのに。

物語の序盤で、謎の男に貞操観念をぶち壊されてしまう。
それだけでも悲劇なのに、よりにもよって、音禰さん、抗えなくなってしまう、彼女自身の原始的欲望に。
つまりは、その敵か味方かわからない男(の体?)が恋しくて、裏街道から抜け出せなくなってしまうんです。
(ちなみに、彼女の人物造形をざっくりまとめると、「女子大出てすぐ家事手伝い、莫大な遺産の継承者で、誰もが認める美貌、実はナイスバディ」です)

背・徳・感・・・

(大衆娯楽雑誌の連載だったから、こんな俗っぽい設定なのかいな)

個人的には、50代の男性作家によるもの(おいおい、横溝さん!)という点で、ちょっと悪趣味だなあと感じたのですが・・・
ま、それは時代ということで。
時代を知る歴史的資料ということで、読み進めていきます。

音禰は自身の性欲(はっきり書く!)に突き動かされるように行動しますが、燃料はそれのみで、基本的には、風に舞うレジ袋のように無力です。
(翻弄されるからこそ、次々にこれでもかと事件に巻き込まれていくのですが)

――ここから、やっとプロテアの話です。

その男に言われるまま従う、の一例として、「豪華にして淫蕩的なヤミ屋仲間の秘密の饗宴」の場面があります。
それに二人で出席するために、これを着なさいと渡されたのが、女賊プロテア風の衣装・・・

(略)まっくろなタイツであった。そのタイツには靴下から手袋までついており、首から下は全部ぴったりくるむようになっていた。

横溝正史「三つ首塔」(角川文庫)

衣装についての描写のみならず、着た後の様子と感想についても。

そのタイツを着るには、着ているものを全部ぬぎすて、一糸まとわぬ裸にならねばならない。着おわって鏡のまえに立ってみると、乳房のふくらみから臀部のまるみと、全身の曲線がまるだしで、私は顔をあからめずにはいられなかった。

横溝正史「三つ首塔」(角川文庫)

それを着せた男曰く、

「おお、女賊オトネ様、やつがれはあなた様のしもべでござりまする」

横溝正史「三つ首塔」(角川文庫)

・・・ノリノリではないか。

このぴちぴちのボンテージ・ファッションは、確かに動きやすいとは思いますが、体の線が出過ぎるので何か羽織らなければ外に出られないという難点があります。
そんな訳で、このコスプレが後々、音禰さんの足枷となって動きを阻むことになるのですが・・・

官能描写に加え、先の物語の展開を左右するアイテムとして、プロテアの衣装は最適だったのかもしれません。

それにしても、自ら着て<賊>となるのか、他人に着せられて<俗>となるのか。
この全身タイツ、着る者の意識によって、その意味合いが変わってくるようです。


連続活劇「プロテア」が公開されたのが、1913年(大正2年)。
当時、横溝は11歳くらいですか。
で、それから40年以上経って書いた小説にプロテア(の格好)を出した。
映画のストーリー云々よりも、そのエロチシズムあふれる衣装の方が、横溝少年の脳裏に刻まれていたのでしょうか。

(同じ頃、19歳の乱歩もプロテアの大ファンで、後に書いた小説の中ではっきりとその名前を出しているのですが、そこには「この格好は、賊なのである」という意味合いがちゃんと含まれています)

例えば、今現在(2025年)から遡って40年くらい前のコスプレだと、おでこにお札貼ったキョンシーとかになるでしょうか。
具体的な物語は忘れていても、その真似自体は、ある一定以上の年齢の人だったらできます。
横溝みたいに子どもの頃にプロテアを見聞きしたことがある世代がこの雑誌連載を読んだと思うので、ああ、懐かしいアレだ!と、すごくウケたことでしょう。

ただ・・・
張本人である「昭和7年11月8日生まれ」の音禰と、それより少し年上の黒タイツを着せた男がプロテアを知っていたのかどうかは謎です。
官能的な黒タイツだけが一人歩きして、当時の若い世代に女賊ごっことして受け継がれ(?)残った可能性もありますが、現実にはそんなことなく、単に横溝さんの趣味なのかもしれません。


前述の通り、時代が時代なので、価値観とか表現とかが今の時代にそぐわない箇所が多々あります。
女性の扱いについてだけでなく、同性愛の記述などについても、かなり偏りがあったりして、読みながらピー音を入れたくなりますが、ある種の時代劇として、または歴史資料として割り切って読むことをおすすめします。

本書中には、今日の人権擁護の見地に照らして、不当・不適切と思われる語句や表現がありますが、作品発表時の時代的背景と文学性を考え合わせ、著作権継承者の了解を得た上で、一部を編集部の責任において改めるにとどめました。(平成八年九月)

横溝正史「三つ首塔」(角川文庫)編集部後記

とはいえ、稀代のヒットメーカー横溝正史
物語の疾走感は半端なく、頁をめくる手が止まりませんでした。
不気味な双子など、横溝ワールドにつきものの端役の怪人物たちも続々登場し、期待を裏切りません。
音禰を魅了して翻弄する謎の男の謎っぷり(変装上手で多くの名前を持つ)も見どころの一つです。
いろいろありますが、音禰さん、最後はちゃんと幸せになるので安心してください。(優しいネタバレ)



一気読みして、本を閉じ、宙を見つめてふと思う。
音禰さんが今(2025年現在)生きていたら、93歳になる年か・・・
そう思うと、ちょっと照れるものが・・・
おばあさまの秘密の日記を読んでしまった、みたいな。はは・・・

それにしても、昭和・平成・令和ときて、音禰さんのお孫さん、ひ孫さんたちはどんな人生を歩んでいるのでしょう。
今じゃもう、着せられる選択肢だけでなく、着る選択肢も有り。
もしかしたら、音禰おばあちゃんも自ら着て、健康増進にラジオ体操などしているかもしれません。
女賊プロテアのようにカッコよく!颯爽と!

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