話してみなければ人はわからないと思った

 初めて会った先週、彼女はカーキ色のワイドパンツに黒いTシャツを着ていて、足元はビーチサンダルだった。ひっつめたように髪は後ろでひとつに束ねられて、首元にほつれ毛がもれていた。マスクで隠れた顔の下半身はわからなかったが、少なくとも眉と目元はすっぴんで、目を引くほどの姿勢の良さが、それと意識していない自信を感じさせた。
 アパートの荒いひと部屋を想像した。衣食住、委細構わず、ただ日々を生きている人だと思った。街中で時々見かける、格好良くて羨ましくて苦手なタイプの人間に見えた。
 2度目に会った今日、先週一緒でしたよね、と言った彼女は白地に細かな黒のドットのワンピースを着ていて、とても同じ人物だとは思えなかった。けれど姿勢の良さだけは、素敵だな、と思ったそのままで、やはり彼女なのだった。ここにいる理由や、住んでいるところや、自分の質など、を話す、その喋り方も、水分を取るために外したマスクの下の顔の下半身も、声のトーンも、どこを合わせても記憶と合致しないのに、背筋だけが同じだった。
 帰り際、姿勢いいですよね、と思わず言うと、褒め方、と言って彼女は声を出して笑った。

 確かではないけれど、似たようなものを感じているのは私だけではない気がしている。彼女の表情や、歩く速さがどことなく、それを感じさせる。また喋ればいいし、とあっさりさよならをした、その"また"が普通にあることが、少しだけ嬉しい。

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