地層

空はムラのある薄墨の雲が厚く覆い、
止む気配の無い雨が外の垣根に当たり、
心地よい喧騒を生み出していた。

少し寒さの感じる外の様子とは対照的に、
スタンドライトで暖められた机に向かいコーヒーを片手に部品が錆びたかのようなぎこちなさで慎重にページを捲る。

ぎこちのない手はページをめくるペースを落とすことなく結末へと急ぐ。
そして到底拾い切ることのできなかった文字の羅列は意味をなせぬまま脳の中で散らかっていった。

2週間前、飼い犬が死んだ。
5歳だった。犬にしてはかなり短命であったが、
思い出としてはあまりに長く、これまでの
何気ない日常が層となり重く心にのしかかった。

無責任な飼い主の不健康な生活リズムに合わせるために忠犬は自分の命を削ってしまった。
後悔や想い出は、時が経てども満ち潮のように少しずつ波を大きくして打ち揚げる。

外は犬の散歩で通った道ばかりだ。
今となっては堪えることができるものの、
いなくなった当初は、ただの通勤にさえ涙を滲ませることもあった。

いつ、潮は引くのだろうか。
穴があき、浮力を失い沈んだ心は踠こうとした。

住人の減った静寂は胸に沁みるが、
動揺を誘う要素が幾つもある外より、まだ家の方が心穏やかに過ごせるだろうと柄にもなく読書を始めた。
リサイクルショップで有名な小説、
かつかなり安いものを10冊ほど買った。
しかしどれにも栞はなく、途中で投げやったものばかりで未だに読破できたものはなかった。

コトリと音が鳴った。
片手でページに指を挟んだままの小説が、
伸びをしコーヒーカップを押し倒してしまった。
進んだページ数よりも明らかに減りの早いコーヒーはリサイクルショップで買った小説や、スタンドライトに被ることなく、ただ机上に小さなシミを描いただけであった。 

新たな目的のできたためにページに栞を挟むことなく、さも読み切ったような雰囲気を醸し、パタンと閉じた。

それでもキッチンへ床を軋ませふきんを取りに向かう後ろ姿は小さくみえた。

そしてまた明日がくる。

時の砂で覆ってしまいたい。
充実した1日は早く過ぎる。
そんな日を過ごそうと沈んだ心は足掻くのだ。










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