見出し画像

ウクライナの情勢報告(8月分まとめ)     ウ軍なぜロシアへ越境? 死者190人

#ウクライナ #ロシア #ゼレンスキー #プーチン #戦争 #ミサイル                      ▽岡野直(2024年9月1日)
                          
 【全般】ロシアによるウクライナ攻撃で、市民190人が死亡(8月1日〜31日)。一方、国民の士気を高める狙いもあってか、ウクライナ軍が初めて、国境からロシア領内へ越境(6日)、ロシア西部クルスク州の一部を占領した。しかし、その間、ロシア軍は東部ドンバスで進軍、ウクライナは危機に直面している。

 【ウクライナの民間人死者】
 増加傾向で、ロシアに近い州の被害が大きい。ミサイル攻撃などで死亡したウクライナ人は8月、

北東部 ハルキウ州―32人、スムイ州―12人 = 計44人
東部  ドネツク州-90人、ルハンスク州-5人 = 計95人
南部  へルソン州-25人 =計25人
南東部 ドニプロペトロウシク州-12人、ザポリージャ州-10人 = 計22人
その他 キーウ州-2人、など
(紛争インテリジェンスチーム〈CIT〉調べ。CITは8月のロシア攻撃による負傷者を、全土で1千110人としている。中には、入院した人がその後、病院で亡くなるケースもあり、死者数は上記より多いとみられる)

 8月30日と31日、北東部ハルキウ市の集合住宅や公園がミサイル攻撃を受けた。死傷者は100人余り。ロシア軍は国境から約30キロのこの方面で、照準が比較的正確、かつ撃ち落とされにくい、有翼ミサイル UMPB D-30を使っている。

【学校地下化】
 ウクライナ北東部ハルキウ市のテレホフ市長は、9月の新学期を前に、テレビのインタビューで「学校の地下化」の方針を表明した。市内の地下鉄駅数カ所の構内に教室を設置するという。しかし、それでは足りず、ハルキウでは、ほとんどの子が家庭でオンライン授業を受け続けることになりそうだ。学校の多数が空爆の影響で閉鎖されているためだ。

 教育をめぐる危機感は、ゼレンスキー大統領も共有。軍指導者の最高指導部会議(8月30日)で、大統領は議題3つを提起。「クルスク州情勢」 、「電力の確保」と並び、学校教育をどうしたらオフラインで行えるかが話し合われた。学校の地下化も検討されたとみられる。
 電力については、ロシア軍が電力網を集中的に攻撃したため、計画停電が行われきた。戸建てよりも集合住宅が多いウクライナで、停電中はエレベーターが止まった。高層階に住むお年寄りや障碍者は、昇り降りができず、孤立した。

【過去最大のミサイル攻撃】
 8月26、27日、ロシアは127発のミサイルと109機のドローンで、ウクライナを攻撃した。この数は過去最大で、今年3月(ミサイル88、ドローン63)を大きく上回った。狙われたのは、発電所・変電所、ダムを含む民間インフラだった。キーウでは計画停電は8月前半で終わっていたが、再開。オフィスなどでは、一日数時間しか電気がなく、自家発電機をフル回転させている。

 【ロシア領への越境攻撃の狙い-ロシアに打撃?】
 ウクライナ軍は8月6日からロシア最西部のクルスク州へ越境、東京23区の2倍ほどの土地を占領下に置いた。国境の、守備の弱い所をつく奇襲だった。ロシアの反撃は鈍いが、大兵力を振り向けてくる可能性もある。ウクライナの賭けのような作戦の狙いは何か。
 
 調査報道の専門家クリスト・グロゼフ氏は、①米国の大統領選への備え、②ロシアの世論の動揺、をあげる。
 グロゼフ氏は、米国大統領にトランプ氏がなった場合、「トランプ陣営から聞いた話だが、トランプ氏は、ロシアではなく、ウクライナに対し、現状の戦線を固定化し、停戦するよう強要する考えだ」と述べる。
 ウクライナは国土の約2割をロシアに占領されており、これは、自国領の放棄を意味する。
 「そうなった場合、ウクライナがロシア領を保持していれば、いわば『毒薬』として、(トランプ氏に)対抗するために使えるでしょう」と言う。「現状の戦線での停戦」が、ウクライナによるロシア領(クルスク州の一部)保持も認めることになってしまうので、交渉の「切り札」になる、との考え方だ。

 また、ロシアの世論へのインパクトについて、グロゼフ氏は「戦争がテレビの中の話ではなくなり、自分の子供が兵隊に取られる、とロシア人が感じるようになるのではないか」と話す。
 
【ロシアには「毒」ではない】
 これに対し、ロシア専門家、タチアナ・スタノワヤ氏は「ウクライナのクルスク越境は『毒の量』が少ない」と述べた(Xへの投稿)。ロシアを「肉体」になぞらえ、「毒の量が少ないので、『肉体』の動きを止めることはできない。政治や社会の不満に火をつけたり、エリートの反乱を招いたりはしそうもない」。占領した面積も、ロシア全体から見れば、微々たるものということだろうか。
 
 スタノワヤ氏は、プーチン大統領の狙いが「ウクライナという国家を滅ぼす」ことにある点も注意すべきだともいう。「ウクライナ人がどこにいるとか、支配領域がどこまで及んでいるとかは、プーチンの戦略上、関係がない。プーチンは、ウクライナ国家を崩壊させれば、ウクライナが占領している領域も自動的に無意味化する、と考えている」

【プーチンの印象操作】
 スタノワヤ氏は「クレムリンの評判に打撃を与えた」とも述べる。
たしかに、プーチン大統領は、被占領の事実を、「軽いものだ」と国民に印象づけようとしたが、あまりうまくいかなった。彼は、侵入してきたのは、「テロリスト」だとして、「反テロ作戦」という名称の作戦を発動、ロシア連邦保安庁(KGBの後身)が責任者となるよう命じた。対応しているのは、実際にはロシアの正規軍が主である。
 また、プーチン大統領は、ロシア南部の、チェチェンと北オセチアのベスランを続けて訪問したが、いずれも、かつてテロ事件などが起き、大統領が暴力的に「鎮圧」した土地だ。その「実績」を国民に思い起こさせ、対テロの意味を強調し、クルスク州も同様である、と示そうとしたとみられる。ウクライナ軍のクルスク州への越境攻撃は、プーチン大統領をあわてさせ、そのイメージを損なう効果は一定あったようだ。

【世論のプーチン支持率低下】
 ロシアで行われた世論調査にそれは現れている。大統領支持率が3.5ポイント落ち、73.6%だった(8月23日)。この調査は毎週行われており、下落の幅は、2022年2月の本格侵攻以降で、最も大きいもの一つ。ただ、「3.5ポイント」を誤差の範囲とみることも可能。支持率低下が続くのか、また戦争終結の世論が広がるかどうかは、まだ分からない。

【ウクライナの危機-東部戦線】
 クルスク越境作戦の成功により、ウクライナの立場が良くなったのかどうかは、まだ判断できない。戦域全体でみると、重要な東部戦線で、ロシア軍に押されている。
 9月1日時点で、ロシア軍は東部ドンバスの都市、ポクロフスク市(ドネツク州)まで数キロに迫っており、同市が「陥落しなかねない」との見方が出ている。ロシアが東部戦線に注力し、兵員と弾薬の「量」で勝っているのが理由だ。これに対し、ウクライナの評論家らから「軍の指揮系統がソ連式のまま。硬直的」、「地雷が足りない」などの批判が軍に向けられている。軍支持派のブロガーも批判に加わっているが、これはウクライナでは珍しい。彼らの危機感は強い。

【防衛ラインを後退させれば良いのか】
 8月、ウクライナ人の士気が以前より高まったのは確かだ。クルスク州越境作戦が成功したこと、さらに、そこでロシア人の捕虜を得て、ウクライナ人捕虜との交換を実現させたことが大きい。長期間、ロシアにとらわれていた兵士たちの多くが家族のもとへ戻った。ポクロフスク市が陥落した場合でも、「防衛ラインをより後方の地域に引きなおせば良い」と述べる評論家もウクライナにはいる。今年2月、ドンバスの要衝アウディイフカが陥落した後も、ラインを後退させ、世論はそこまでは動揺しなかった。

【ポクロフスク陥落のケース-ウクライナ東部全般への影響は】
 しかし、ポクロフスク陥落は、より意味が重いかもしれない。ドンバスを構成するドネツク州と、その西隣のドニプロペトロウシク州との州境まで、ポクロフスクからは17〜18キロ。ドネツク州のこの都市が陥落すれば、ドニプロペトロウシク州(全域をウクライナが押さえている)も圧迫される。ウクライナにとって、東部地域全体の防衛が難しくなり、痛手となりかねない。

(地図:Deep State 9月1日現在。赤い矢印が、ロシア軍の進軍を示し、ポクロフスクに迫る)


【「勝利のプラン」、ゼレンスキーの新提案】
 ゼレンスキー大統領はキーウで記者会見し(27日)、ウクライナの新概念「勝利のプラン」を紹介した。
 クルスク州への越境作戦がプランの第一段階だったという。他に、
◇国際安全保障でウクライナがどのような戦略的な位置を占めるのか
◇ロシアに外交的手段で戦争を終結させるよう強制する強力なパッケージ
◇経済
の三点だという。
 9月に渡米し、これをハリス、トランプ両大統領候補に示すという。これに「外交」という言葉が盛り込まれているのがミソかもしれない。
 外交といっても、アメリカ以外に、ロシアへの「強制力」を持った外交が(理論的に)可能な国はない。これは、アメリカ大統領候補たちへのメッセージだ。

【グローバル・サウスへの思い】
 この日の会見でゼレンスキー大統領は、ウクライナが提唱し、ロシア軍撤退などを求める「平和の公式」(注1)を討議する会議をグローバル・サウスの国で開けないか、との希望も述べた。これまでウクライナはインド首相のキーウ訪問を受け入れたり、外相を中国に送ったりしてきたが、平和の公式をめぐり外交的な支持を得たというニュースは、聞こえてこない。

【長距離ミサイルの使用許可が問題に】
 「勝利のプラン」の中の「外交」という言葉は、アメリカ向けだとしても、トランプ氏が大統領になった場合、ロシアではなくウクライナに和平を強制する可能性はある。ハリス氏が大統領になっても、ロシアに対し、強く出るかどうかは未知数だ。
 8月末、アメリカに、ウクライナ高官4人からなる訪問団が到着。
ゼレンスキー大統領はこれにつき、アメリカへの訴えの「優先事項」は、西側貸与の「長距離ミサイルのロシア本土への使用の制限解除だ」と述べた(31日)。
 長距離ミサイルがロシア領内へも使用できれば、ロシア国内にあるウクライナ市民への攻撃拠点を叩ける。結果的に市民の命が助かる。
「外交」による解決は掲げてはいるが、それは、あるとしても先の話だ。8月末現在、ゼレンスキー政権にとって「焦眉の急」は、市民生活を守り、前線を立て直すための実質的な支援である。
 
 注1) 「平和の公式」 ウクライナがつくった、同国の安全保障を定め、外交的に戦争の終結を定着させるもので、次の10項目からなる。①放射能と核の安全、②食糧安全保障、③エネルギー安全保障、④捕虜の解放、⑤領土の一体性と世界秩序の回復、⑥ロシア軍の撤退と軍事行動の終結、⑦公平性の回復、⑧環境対策、⑨戦争のエスカレーションの阻止、⑩終戦の確認
  


いいなと思ったら応援しよう!