オレの相棒(あいぼう)第1回
若い技師が、
大慌てで山頂から
駆け下りてくる。
若い技師「ハァ・・・ハァ・・ハァ・・」
成岡「どうしましたか!?」
”タッタッタッタッ・・・・!”
若い技師は、
成岡の声がまるで
聞こえないかのように、
猛烈な勢いで、走り去って行く。
成岡「ちょっと!
どうしたんですか!!」
成岡たちは、
若い技師を追いかけて、
ふもとのテントまで戻った。
成岡「どうしたんですか!
まあ、水を飲んで。」
若い技師は、
出された水を、
一気に飲み干した。
若い技師「ハァ・・ハァ・・」
成岡「聞かせて下さいよ。
一体どうしたんですか!」
ようやく、若い技師は、
落ち着きを取り戻して、
口を開いた・・・
若い技師「や・・・・
山の上に・・・
お・・・
大きなヒョウが!
私を、にらみつけて・・・
大きなヒョウが、
ヒョウが!!!!」
若い技師によると、
山の上に、
一頭のヒョウがいて、
自分をにらみつけていた、
という話であった。
若い技師は、
銃を携帯していたものの、
あまりの恐ろしさに、
逃げ帰ってきたのだという。
運命のこの日は、
1941年(昭和16年)
2月28日・・・・
さて、
これから始まります。
この物語は、
1人の男と、
1頭のヒョウ。
戦争という時代の中に、
結ばれた、
悲しくもせつない
熱い友情の実話です。
続きに行きます前に、
まずは、
この物語における
人間の主人公、
成岡正久(なりおかまさひさ)
の、冒頭前までの事などを軽く、
ご紹介させて頂き
彼を通して、時代背景にも
軽く触れたいと思います。
「成岡正久とその時代」
1912年(大正元年)
9月28日に、
高知県高知市で、
生まれる。
関西学院大学卒業後に、
大日本帝国陸軍
通称『鯨兵団』
と呼ばれていた、
第40師団隷下(れいか)の
<隷下(れいか)
=部隊編成上、
その指揮下に所属していること>
歩兵第246連隊に応召する。
<応召(おうしょう)
=呼び出しに応じること>
1941年(昭和16年)
2月からは、
第8中隊、第3小隊長を務める。
歩兵第246連隊は、
日中戦争時、
湖北省付近に、
隊を展開。
通称「鯨部隊」と、
呼ばれていた。
鯨部隊は、
1939年(昭和14年)の、
結成から終戦までにおいて、
中支・南支を転戦。
移動距離は、二千数百キロメートル。
戦死者は、2000人を少し上回るほど
出したという。
1939年(昭和14年)
10月から、
成岡の第8中隊は、
中国南東部”長江”の
中流域にあたる
湖北省陽新県に
駐屯している。
<駐屯(ちゅうとん)
=軍隊がある土地に
とどまること。>
さて、ここからは、
冒頭より少し前にさかのぼる。
『白砂舗』という小さな町が、
陽新県と大治県の境界付近にある。
この町に、配備された隊には、
2つの任務が、課せられていた。
1つめは、
付近の治安維持と、
軍の公路上における警戒。
2つめは、
牛頭山の警備。
場所は、白砂舗の東方、
約4メートル。
中国髄一ともいわれる
優良な銅山である。
1938年(昭和13年)
11月。
日本軍は、
『武漢三鎮撫』
の攻略に成功。
<武漢三鎮(ぶかんさんちん)
武昌・漢口・漢陽
この3市の総称
武昌=政治
漢口=商業
漢陽=工業
現在は合併して、
武漢市 >
牛頭山は、
日系の
華中鉱業公司が、
再興していた。
鉱山の警備と、
華中鉱業公司が、
派遣した
日本人技術者数名
を警備する為に、
1個分隊が、
砂舗町より派遣。
成岡も、そこにいる・・・。
彼は今、陣地内の
展望台に登っている。
敵の襲撃に備えて、
地形の確認、
兵および、兵器の配備。
それらに、意識を巡らせていた。
辺りが暗くなった頃・・・
成岡が、何気なく
牛頭山を見た。
成岡「ん?野火か・・・」
牛頭山の一角が、
赤く燃えていた。
風の強さも手伝ってか、
またたく間に、
牛頭山ふもと全体を、
真っ赤にした。
翌朝・・・・
成岡は、牛頭山にいた。
部下を連れて、
野火の原因究明と、
警備隊の指導を目的に。
成岡「異状は?」
警備隊の一人に聞くと、
「異状ありません」
との、答えが返ってきた。
山頂の監視台に行き、
自ら眼下の集落、小道を見る。
焼いた跡が、あちらこちらにある。
明らかに、夕べ見た野火だ。
成岡「あれの理由は、わかるか?」
何人かに聞いたが、
理由は、わからないとの返答。
野火の原因は、つかめなかった。
ここで、物語は、
冒頭の後へと続く・・・
「ヒョウ退治」
若い技師の話を聞いても、
成岡たちは、
首をかしげていた。
”ガチャ”
鉱山事務所のドアが開くと、
雇用されている
地元男性が入って来た。
地元男性「こ・・こんにちは」
成岡「お疲れだったのぉ。
さ、こっちきて座らんかね。」
成岡は、近くのイスを置き
自らの手で、コップに水を用意すると、
座った地元男性に、丁寧に渡した。
地元男性「す・・すみません。」
地元男性が、コップの水を
飲み終わるのを待って、
成岡が、話かけた。
成岡「そうじゃ。
お前さんに、
教えてもらたい事がある。」
地元男性「なんでしょうか?」
成岡「夕べの野火について。
何でもいいんじゃ。
ひとつ教えてくれんかのお。」
地元男性「あの野火は、
ヒョウから守る為に、
焚(た)いています。」
成岡「・・・ほぉ・・。」
地元男性「毎晩、集落に現れて
家畜ならまだしも、
人まで襲う始末で。」
成岡「人までか。深刻じゃのお。」
地元男性「牛頭山には、
4頭のヒョウがいます。
一番大きいのは、
2.7メートルあります。」
成岡「そいつは、大物だな。」
地元男性「隊長様!!!」
成岡「なんだよ。
いきなり大きな声出すなよ。
小隊長だけどな。ガハハハ。」
地元男性「隊長様!
是非!!!
あなた様のお力で、
ヒョウを退治して下せえ!!」
地元住民、なにより鉱山事務所が、
受けた被害も、更に付け加え
成岡に、懇(こん)願した。
成岡「そんなに被害があるのか・・
こりゃ、ほおっちょけん・・か。」
地元男性「隊長様~お願いしますだ~。」
地元男性が、目を真っ赤にして
イスから立つと、
深々と頭を下げる。
成岡「わかった。わかったよ。
顔をあげてくれ。
地元のみなさんが、
困ってるんだ。
ヒョウ退治なんざ、
初めてだけど。
やるだけ、やってみるよ。
いいだろ?それで。」
地元男性「あ・・ありがとうございます!!」
地元男性が、うれしさのあまり
成岡に抱きついて喜ぶ。
成岡「おいおい、男に抱き疲れても
ちっとも、うれしくないぜ。」
若い技師と部下たち
「アハハハハハハ」
成岡(さてと・・・・
引き受けたのは、
いいが・・
こいつは、命がけだな。)
ヒョウ退治を引き受けた成岡は、
宿舎に戻った。
早速、隊の全員を集めて、
ヒョウ退治に至る経緯を説明をする。
成岡「・・・と、言うわけだ。
大変な任務になる。
命がけだ。
強制はせん。
オレと行きたい奴
・・いるか?」
成岡が、
話終わったとたん、
あちらこちらで、
部下たちの、
大声が飛び交う。
「はい!!」
「隊長どの!行きます!」
「俺も行きます!!!」
「俺こそ、連れて行って下さい!」
「俺も!!!」
驚いた事に、
全員が、
志願した。
成岡「おいおい。
お前さんたち、
本気かよ。」
部下たち「隊長の為なら、
どこまでも、
お供します!!!」
そこらじゅうから、
このような声ばかり。
成岡は、
苦笑しながら・・・
成岡「わかった!
わかったよ。
でも、全員で、
行ったら
オレが怒られるわな。」
部下たち「アハハハハハ」
成岡「お前さんたちの、
気持ちだけは、
受け取っておくぜ。
お前らの中で、
射撃の上手い奴、
3人だけ連れて行く。
3人は、
お前たちで選んでくれ。
オレは、
外で待ってるからよ。
ま、ひとつ、
上手な奴を、頼むぜ。」
こうして、
3人の射撃に、
優れた部下を伴って、
牛頭山登山口に、
向かう成岡であった。
標高100メートルほどしかない、
牛頭山であったが、
山バラが密集していて、
容易に、移動ができなく、
山全体が、岩に覆われている。
途中には、
ヒョウの足跡が点々とあり、
まだ新しい、
キジの羽毛、
シカの骨など、
あちらこちらに、
散乱していた。
成岡「こりゃ、服かのぉ。」
山頂に近づくにつれて、
ヒョウが、食い散らかしたと、
思われる跡が、多く目についた。
成岡は、その中に、
人の衣服らしき物をみつけ、
持っていた棒で確認する。
成岡「どうだ?いるか?」
頂上に、大岩がある。
周囲を警戒しながら、
部下たちに、小声で聞くが、
何も発見できなかった。
不気味な静けさだけが、
頂上には、あった。
成岡「暗くなる前に、
今日は、下りるか。」
頂上まで来たが、
ヒョウは、おらず、
成岡は、下山を指示する。
ウゥウウウウウ~~・・・・
大岩がある
7合目近くまで来た時に、
成岡たちは、獣のうなり声を聞く。
一瞬にして、
先ほどまで、
不気味すぎるほどの
静寂は、破られた。
一行に、緊張が走る。
声の主を探せども、
見当たらなかった。
辺りは、再び
不気味すぎるほどの
静寂を取り戻す。
一行は、大岩に、
たどり着いた。
その時であった・・・
ウゥウウウウウ~~
先ほどよりも大きな
獣のうなり声が聞こえる。
距離は、先より近い。
大岩の下に
ヒョウがいる!!!
成岡を含め、
3人の部下たちも、
ヒョウの存在を確信した。
成岡「さてと・・・」
ぞくぞくとする危機感が、
この男は、好きらしい。
成岡は、アゴをさすりながら
ニヤリと笑った。
成岡は、大岩の上へ
部下たちを誘導する。
ここは、3坪ほどの平面に
なっていて、安全地帯だ。
安全地帯から、
それぞれが周囲を見渡す。
大岩の側面に、
木が密集している。
その根元が、
空洞になっている。
成岡「どうやら・・・
あそこが、
”ヒョウの巣”
か・・・。」
成岡は、
的確に指示を出す。
成岡「よし。
やっこさんの巣に、
火を放ち、
おびき出す。
一人は、見張りだ。
オレを含む残りは、
枯れ葉を、たくさん集める。
それに火をつける。」
作戦通り、
枯れ葉に火をつけ、
投げ込んだものの、
湿気が多く、
すぐに火は消えて失敗した。
成岡「上手くいかんかったな。
よし、次の手と行くかね。
そこの2人!
すまんけど、
大岩の上まで戻って、
ふもとの警備隊に、
ガソリンを持ってくるよう
大声で叫んでくれんか。」
命令通りに、
2人は大声で叫ぶ。
しばらくすると・・・
若い技師「小隊長殿~~・・」
一升瓶を抱えて
汗だくで、駆けてきたのは、
あの、若い技師であった。
成岡「なんだぁ?
お前さんか。
・・・ま、いいか。
ご苦労さん。」
成岡たちは、
ガソリンを
入り口にまく。
”ボワァ!!!!”
火のついた枯草を
投げ入れたら、
あっという間に、
火は広がりをみせた。
しばらくすると、
火は消えた・・・。
成岡「よし!!!
ヒョウが出てくるぞ!
全員、気を抜くな!」
成岡たちに、緊張が走る。
全員が入り口を、
凝視(ぎょうし)する。
成岡「くるぞ!!!!」
部下たちの銃口は、
入り口をとらえて、
いつでも撃てる体勢を、
保(たも)っている。
成岡たち「え・・・・・!?」
チビヒョウたち
「ピィー!!ピィー!!!」
空洞から出てきたのは、
2頭のヒョウの子どもだった。
その鳴き声は、
まるで、か弱い小鳥が
助けを求めて鳴いている
かのような声であった。
成岡「か・・・かわええな・・。」
成岡たちが、
拍子抜けしている間に、
チビヒョウたちは、
空洞内に、戻ってしまった。
成岡「しまった!
戻っちまったか。
チビたちを、
捕らえる為に、
もう一度、
ガソリンをまいてくれ!」
成岡の指示に、
冷静さを取り戻した
部下と若い技師が
ガソリンをまく。
若い技師
「何としてでも、
ヒョウを退治せんとな。」
若い技師は、
はりきるあまり、
成岡の指示とは異なり、
奥深くまでガソリンを
まいてしまった。
成岡「よし!
火をつけてくれ。」
”ブワァァァァァァ”
成岡「なんだ!?」
若い技師が、
空洞の奥まで
ガソリンをまいたせいで、
予想以上に火は、
激しく燃え上がった。
成岡「おい!誰だ!
指示通り
しなかった奴は。」
若い技師「す・・・すみません。
奥まで、ガソリンを・・」
成岡「カァ~~~!
勘弁してくれよ~。
おびき出すって、
言っただろうが。」
その時であった・・・・
「ミャオ!!ミャオ!ミャオ!!!」
チビヒョウたちの
悲鳴のような鳴き声が、
聞こえた。
成岡「・・・・
しょうがねえ。
オレが行くよ。」
部下「危険です!
小隊長どの!!」
部下「小隊長どの!
火が激し過ぎます!」
成岡「そうさなあ。
この激しい火だと、
黒コゲに
なっちまうかもしんねえな。
その時は・・まぁ・・
成岡正久、
そこまでの、
漢(おとこ)
だった。
ただ、それだけよ。」
成岡は、
アゴをさすりながら、
ニヤリとした。
部下「小隊長どの・・・」
親ヒョウが、
既にいないのは、
気配の無さから
感じ取っていたが、
万が一に備え、
成岡は、
拳銃をくわえて、
空洞に降りて行った。
”ブォオオオオオ~~!”
成岡「危ねえ・・。
おおい!!!
チビたち~~~!
いるか~~~!!」
灼熱地獄の中、
チビヒョウたちを、
探そうと、
大声で叫びながら
奥深く入る成岡。
奥深くまで来た時・・・
「ミャオ!!ミャオ!!!ミャオ!!!」
成岡「おお!!!
いたか!チビども!!
ん?お前さんは、
ヤケドしてるのか?
まあ、いい!!!
とりあえず
脱出するぜ!!」
再び、
拳銃をくわえる成岡。
2頭のチビヒョウを、
やや乱暴に抱えると、
業火の中を、
急ぎ脱出する。
腕の中で、
2つの
小さな命の鼓動を
感じる成岡。
成岡(温かい・・・)
部下たちが、
万が一に備え、
銃を構えている中、
成岡と
チビヒョウたちは、
無事地上に脱出した。
部下たち「小隊長どの!!」
若い技師「無事でよかった~。」
成岡「チビどもは、
オスとメス。
オスの方は、
右首筋に、
大きなヤケド。
メスは、無事だ。」
若い技師「子猫みたいですね。」
成岡「技師さんよ。
アンタのせいでも
あるんだから、
きちんと面倒みて下さいよ。」
若い技師「ええ~~。
私がですかぁ!!」
成岡「とりあえず、
ふもとまで
急ごう!!!
親が戻ってきたら
厄介だ。」
こうして、
チビヒョウたちと、
牛頭山ふもとまで、
戻って来た一行。
部下たち
「小隊長どの~~~!!」
ふもとでは、
待機していた部下たち、
多くの地元住民、
さらに鉱山技師らが、
彼ら一行の帰還を、
熱烈に歓迎した。
成岡は、
チビヒョウたちを、
「おとり」
に使い、
親ヒョウを捕獲する
作戦を計画するも、
必要な資材がそろわず、
断念する・・・。
3月3日
白砂舗での
警備任務終了。
成岡たちは、
陽新県に、
戻る事になる。
成岡「技師さん!
世話んなったね。
頼んでおいた件
どうなりました?」
若い技師「小隊長どの!
はい。
メスの方は、
動物園の方に、
引き取られる事に
決まりました。
早速、移送しました。」
成岡「やっぱり・・
両方は無理かぁ・・」
若い技師「すいません。
オスは、断られまして。
ヤケドは、良くなって
来てるんですけどね。」
1頭だけ残された
オスのチビヒョウを
抱き上げる成岡。
成岡「村に置いてくわけにも、
いかねえしなあ・・・。
・・・仕方ねえ。
お前さん。
オレと来るかい?」
小さな2つの眼(まなこ)が、
不思議そうに、成岡をみつめる。
成岡「ガハハハハハハ!!!
そうか!!!
来るか!!!!
鯨部隊にようこそ!!
わかるか?
く・・じ・・ら!!
いつか、
おれの故郷、
高知に連れて行って、
桂浜で
見せてやるからな!!
デカイぞ!!!
驚くなよ!!!!
さあ!!!
出発だ!!!!」
時は、
日中戦争最中(さなか)・・・
さらに、
苛烈(かれつ)を極める
大東亜戦争に突入する前の、
1人の男と・・・・
1頭のヒョウとの・・・
”奇跡”の出会いであった・・・・。
<第2回へ続く・・・>
「読者のみなさまへ」
本作品は、
実話を基にしていますが、
会話など脚色を加えてあります。
また、いつもと違い、
連載形式なので、
その都度で、明記する時もありますが、
作品の内容を、順番にお知り頂きたいので、
最終回に、参考文献や参考サイト様など、
まとめて明記したいと思っております。
ご了承下さいませ。