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【哲学小説】アリサは死なない


お昼ご飯を食べてからアリサはステーキが食べたいことに気がついた。いま食べなきゃ意味がない感情なのだと思う。机の引き出しから自転車の鍵を取り出して玄関へ向かうと、寝ていたはずの母が起きてきて何かまたお願い事でもしたそうな顔をしていた。たまには拒否するも良しと思いアリサは「ごめん、いま忙しいの」と言い放って家を飛び出した。今日は自転車が快調な気がした。空気がちょうどいい温度で爽やかな風が心地良かった。駅前まで10分の距離を歌でも歌いながら行こうと思いながらも、結局は選曲が決まらずに着いてしまう。駅ビルのステーキショップの前でメニューを選びながらアリサは自分が食べたいのは本当にステーキなのか疑問を感じ始めていた。そりゃステーキは食べたいのだが、まだ気持ちが納得していないのだ。ラーメンだってスパゲッティだって食べたいと言われれば食べたい。空腹もまだそうでもない。一旦カフェにでも入ってゆっくりしようか。アリサは北口のロータリーに移動してチェーン店のコーヒーショップに赴いたが、なぜか入店する気が起きなかった。コーヒーだって、紅茶にしたって別に飲みたいわけじゃない。体は何かを欲しているのに、それが何だかわからないのである。あんなに衝動的と言ってもいいほどステーキが食べたかったのに、今ではなんだか嫌気すら感じる。電車に乗ってどこかへ行ってしまおうかとも考えたが、行きたい場所など無かった。アリサは駅前で立ち尽くしたまま動けなくなってしまった。私は何がしたいのだろう。結局は自転車に乗って家へ帰ってしまった。玄関を入ると、母がダイニングに座りテレビを見ていた。それからアリサを見て「悪いけど駅のスーパーで寿司でも買ってきてくれないかな」とか細い声で言った。アリサは自転車に乗って再び駅へと向かう。それから無意識にカントリーロードを歌いだした。「カントリーロード テイクミーホーム トゥーザー プレース」。アリサは2時間無料の駐輪場に自転車を停めてからステーキショップに入りサーロインステーキを食べた。そして食べ終わりすぐに後悔した。スーパーで2人分の寿司を買って母とダイニングでテレビを観ながらいつものように一緒に食べればよかった。帰り道に自転車を漕ぎながらアリサは何も歌わなかった。空は夕暮れを迎えていた。まもなく何の期待もしない夜がくる。アリサはまだ生きている。

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