RTA Advent Calendar 2024寄稿 短編小説『rtaHeart』
「えと……『そらまめ』さん……ですか?」
「はい、そうです。……『どんどこ腹太鼓』さん?」
「…………………………はい。」
12月8日、日曜日。晴れた冬の日。私は初めてそらまめさんとオフで会った。
いやはや、こんな綺麗な人だったとは……。
そして、そんな人の口から「どんどこ腹太鼓」なんてセリフが飛び出すとは。
思い付きでハンドルネームを決めるものではないと、この時、痛感した。
「えっと……と、とにかく、この度は解説を引き受けてくださってありがとうございます。本当に助かりました!」
そらまめさんがお辞儀をしながら、そう感謝を述べる。
「いえいえ…大好きなワリオランドですから! こんな大舞台に、私を解説に呼んでくださってとても嬉しいです。絶対にRiJ、成功させましょう!」
「はい、よろしくお願いします!」
私達は今日、年末のRTA in Japan Winter 202X 本番に向けて、オフでの作戦会議を行った。
そらまめさんは私と同じ『ワリオランドアドバンス』のRTA走者だ。
そしてなんといってもそらまめさんは、世界一位ネキ。
メジャーカテゴリーで複数のWRを持っており、レベルランでも多くの輝かしい記録を持っている。私にとってはまさにレジェンド、雲の上のような存在だ。
そして晴れて今回、そらまめさんはRiJに走者として選ばれたのである!
一方、私は世界8位……まあこれでも速い方ではあるのだけども。
「いやホント、どんどこ腹太鼓さんがいなかったらどうなっていたことか……。とても頼もしいです。ありがとうございます。」
日本では我々しか、このゲームをアクティブで走っていない。
だからこそ、そらまめさんは真っ先に私に解説の依頼をしてくださったのだ。
「と、とりあえず……カフェでも入りましょうか。寒いですし。」
「そうですね…、あ、あそこにゴメダコーヒーありますよ。行きましょう!」
「はい。うー、寒い寒い……!」
☆
「いやぁ、そらまめさんもついにRiJですか。実力は世界一ですから、全然チャンスあると思ってたんですよ。」
「いえいえ……PBでもけっこうミスしてますし…。まだ本番まで時間ありますから、もっと走りこんで45分台を出したいです。」
「いやぁすごい…。私なんて46分台すら出せてないのに…。ははは……どうすればもっと速くなるんですかねぇ……ハハ……。」
まだ少し落ち着かない。
思いのほか、そらまめさんが若い。一回りくらい違うんじゃないか?
私みたいなおじさんが同じテーブルに座っていて、周りからどう見られているのかが気になってしまう。
意味も無く、おしぼりで一人キャッチボールをしながら、フワフワとした言葉を並べる。
「リハーサルとか……どうしましょうか? あれっ、どんどこ腹太鼓さんって、今までRTAイベントに出られたことあるんでしたっけ?」
「あ、まぁ、何度か……。ただ、解説役で出るのは初めてですね。いつもは走者兼解説でしたから。」
「すごい……! 走りながら解説したってことですよね? 私、絶対できないですもん、そんなの。」
「いやーその時はどっちつかずになってグダグダになっちゃいましたけどね……。でも今回は解説だけですし、せっかくのそらまめさんの晴れ舞台ですから。しっかり準備して挑みたいと思ってます!
……それでですね、解説の内容とかを一通りドキュメントにまとめて来たんで、ちょっと見てもらえますか?」
そう言いながら、タブレットを取り出す。
各ステージの特徴や見どころを、ここ数週間で書きまくったのだ。
「え、すごい……! めちゃくちゃ書いてありますね。へー………、なるほどなるほど……わっ凄い……私、こういう言語化めっちゃ苦手なので……。」
そらまめさんが食い入るように見ている。
褒められて少しニヤニヤする。書いてきて良かった。
「私、配信でもいつもマイク無しで走ってるんで、喋りながらって慣れてないんですよ。だから走っている間に話してくれる人がいるだけでありがたいです……。本当にありがとうございます。」
「いえいえ。私だってこんな特等席でそらまめさんのRTAが見れるってだけでめちゃくちゃ嬉しいですよ。見てる人に分かりやすくゲームの魅力を伝えるのが解説の役目ですから。ぜひそらまめさんは、自分の走りに全集中してください。」
「そう言っていただけると嬉しいです……! ありがとうございます。」
正直、私では知識面で至らない面が多いだろうし、別に喋りに自信があるわけでもない。
ただ、少しでも大舞台での走りをサポートしたい。その一心で今回、解説を引き受けたのだ。引き受けたからには全力を尽くすのは当たり前だ。
分からないところは今日とことん聞いて、完璧な解説に仕上げよう。
「じゃあですね、ちょっとそらまめさんに質問したいんですけど……ここの二段ジャンプって猶予 何フレームくらいでしたっけ……。」
「あぁそこはですね、たしか前、Discordサーバーで聞いた情報によると………」
☆
……それから約4時間、本番に向けて解説内容のブラッシュアップや当日の流れの確認、また、どこでチャリティーの宣伝を挟むのか等を入念に話し合った。
RTAについてここまでリアルで語り合ったのは初めてだ。二人とも時間を忘れて、楽しく濃厚な議論をした。
周りの人は、歳の差のある男女が一体何を熱心に話しているのだろうと不思議に思っていたかもしれないが……。
☆
「いやぁ今日はありがとうございました! すごい楽しかったです。どんどこさんとRTAトークも出来て最高でした!」
「こちらこそ、すごい楽しかったです。じゃあお互い……本番まで頑張りましょう!」
「はい!」
すっかり日も暮れた夜の街。私達は駅前で別れを告げ、帰路に着いた。
こうしてRiJ前の大作戦会議は終了したのだった。
☆
なんと恐ろしいことに、本番までにそらまめさんは2回も自己ベストを更新し、前人未到の45分台に突入していた。
配信でその瞬間を見ていたが、その圧巻の走りに感動し、思わずビッツを投げまくってしまったほどだ。
そらまめさんは本当にすごい。
そして……いよいよRiJが開幕した。
☆
12月29日、日曜日。
「そらまめさん、こんにちは。いよいよ明日が本番ですね。」
「あ、どんどこさん!はい……緊張してきました……。」
そらまめさんは相変わらず美人だ。
こんな人の横に僕がいて、不釣り合いではないだろうか……。
そんなことを思いながら私達は練習部屋に行き、直前のリハーサルを行った。
「うん、プレイングは全然問題なさそうですね。ラグとかも無さそうですし。……そらまめさん、何か心配していることとかありますか?」
「うーん、やっぱり本番で良いパフォーマンスを出せるかどうか……そこが一番心配です。オフイベ自体、初めてですし…。」
「大丈夫ですよ。案外、始まったら緊張しなくなってくるもんです。私もずっと横にいますから。何かあったらカバーします!」
ん……? あれ、俺、今ちょっと、恥ずかしいこと言ったか…??
「はい! ありがとうございます。頑張りましょう…!」
「そ、そうですね、体調だけには気を付けて。明日、頑張りましょう!」
その後はラウンジで名前を知っている走者さんと挨拶・名刺交換をし、RiJという半年に一度の大オフ会を満喫した。
そして……いよいよ出番がやってきた。
☆
「いやぁ、もうすぐですね……、わ、前のタイトル終わりましたよ。」
「うわあああああんどんどこさぁぁぁん……。『次のゲーム ワリオランドアドバンス』って書いてある……。」
「そうですね。「Ruuner そらまめ」ってあります。知っている人だなぁ……。」
「ちょっとなんでそんな余裕なんですかー!!! ひええええええ……。」
「お、落ち着いて……。」
もちろん私だって緊張している。
自分もRTA in Japanは初参加だ。これほどの規模のイベントは未知の領域……。
会場の規模感、熱気に圧倒されている。
おいおい、同接7.6万人だと…!? 嘘だろ、マリカが終わった後だからガクンと視聴者減ると思ったのに、全然減らないじゃないか……。
ただ、私まで緊張してしまってはダメだ。
……いや、緊張するのは仕方ないが、それをそらまめさんに伝染させてはいけない。
そらまめさんにリラックスして走ってもらうのが、私がここにいる一番の理由だと思っている。
上っ面の言葉でも、そらまめさんを安心させなければ。
「……はーい、じゃあこれでマイクテストは終了です。お二人とも大丈夫であれば始めちゃいますが……。準備はよろしいですか?」
「は、は……あ、えっと…………あっ………」
「はい! そらまめさん……頑張りましょう!!」
そう言い放ち、そらまめさんの方を向いて優しく、そして勇気づけるように微笑む。
そらまめさんのこわばった顔が、少しだけ和らいだように見えた。
「……はい、大丈夫です! よろしくお願いします!」
「分かりましたー、では切り替えまーす! グッドラックでーす!」
運営の方が指で3カウントを行う。
3,2、1………………!
……セットアップ画面のBGMがフェードアウトする。
そしてモニターにどーんと現れる、可愛いRちゃん。
見慣れたゲーム画面がモニターに表示された。
そらまめさんと私も映っている。
会場を包みこむ、割れんばかりの拍手。
rtaR、rtaClap、rtaHelloで埋め尽くされるチャット欄。
バトンが回ってきた。出番だ。
「……皆さん、こんにちは!! これより、ワリオランドアドバンスのRTAを始めます。走者のそらまめです! よろしくお願いします……!!
☆
出番が終わった。
私とそらまめさんは、ラウンジの椅子にぐったりともたれかかっていた。
ランはほぼ完璧だった。さすがそらまめさん、圧巻の走りだった。
途中まで自己ベペースだったのを見ていて、本当にこの人は化け物だと思った。
解説も滞りなく進んだ。ところどころに仕込んだネタも結構ウケた。
ダジャレは明らかに滑っていたが……それもまぁ、おおよそ想定通りだ。
やり切った……その達成感で胸がいっぱいだ。
「いやぁ、最高でしたね……! 一瞬で出番が終わっちゃいました…。」
「ホント……! 楽しかったです。決めたい技もしっかり決まって良かった……。どんどこさんの解説も完璧でした。本当にありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。こんな大舞台に呼んでくださってありがとうございました。とても良い経験になりました。」
そう言いながらそらまめさんの方を向いた時、ふと、目がバチッと合ってしまった。
お互い、照れたように微笑みながら、目をそらす。
そらまめさんは今日、バッチバチにメイクを決めて会場にやって来た。
どんどこさん、見てください!!今日の私の顔面はバッチリです! おっと、どんどこさんもイケてますねー! その無敵時間さんのロンTシャツ!
今日、会場で会って一言目がそれだった。
その時、この人はとてもユーモアがあって面白いな。魅力的だな。と感じた。もちろん今だって……
……ただ、それを今、ここで言葉にしてはいけないような気がした。
せっかくいい形で終われたのに、それをぶち壊してしまうような気がしたからだ。
「この後はゆっくり、会場で過ごそうかなと思います。見たいタイトルがあるんです。ホラー枠なんで、ガチ深夜帯ですけどね。」
その気持ちを隠すように私は、当たり障りのない話題を出した。
「え、そうなんですか?? それってもしかして、デッドスペース……?」
「あ、はい……ご存じでしたか。結構コアっていうか、ゴアなゲームですけどね。」
「いやー私、普通にホラゲーめっちゃ遊ぶんですよ。よく配信も見ますし、何なら次はデッドスペースのRTAやろうかなって…。」
「マジですか…!? そりゃすごい……カッコいいですね。」
またそらまめさんの意外な一面が知れた。
この人は掘れば掘るほど、色んな一面が垣間見えるな。
「まぁ今日はもう疲れてるので、帰って休もうと思ってますけど。ここで見てたら普通に終電、逃がしちゃうし……。それに明日の朝も見たいゲームがあるんです。どう森のRTA……。」
「そ、そうですか……。」
トホホ……もしかしたら深夜のRiJ会場で一緒に観戦…!? なんてことを夢見たが、そんな世の中、上手くいかないわな。
仕方ない。エゴサでもしながら、ゆっくり穏やかな夜長を過ごそう。
一人で………。
「じゃあ、どんどこさんはここでしっかり見ていてくださいね、デッドスペース。私、明日は頑張って始発で来ますから。」
「えっ?」
「私は一旦帰って寝ますけど。どんどこさんはここで朝までしっかり、デッドスペースを見ててください。どうだったか感想聞きたいので。で、朝からは私と一緒にどう森 見ましょう! 分かりましたか?」
「え、それってじゃあ、私はいつ寝れ…………」
「どんどこさんは寝ちゃダメです。」
意地悪そうにそう呟く。
「えぇ~~…、そ、そんな………。」
口先では悲しんでいるが、内心はそれどころではなかった。
そらまめさんと明日、一緒に観戦……??
「じゃ、ちゃんと寝ないで見てくださいよー? 明日、感想聞かせてもいますから~!」
「あ、ちょっと待って、そらまめさ……!」
「おやすみなさ~い、どんどこ腹太鼓さ~~ん!!!」
「ちょ、恥ずかし…!! あんま大きな声で言わないで……!」
「アハハハハ…………」
そう言って笑いながら、そらまめさんは会場を後にしていった。
まだガヤガヤしているラウンジに一人、ポツンと取り残される。
「(ふぅ……エナドリ買ってこよ……。あと景気づけに牛丼でも食いに行くか……)」
ボーッと、会場のモニターに映るRTAを眺めながら、そんなことを考える。
あぁ、あの解説席に私も座っていたんだなぁ……。
長い夜に備えなければ。
RTA in Japanはまだ始まったばかりだ。
fin
※このお話はフィクションです。
あとがきと宣伝
皆さん、こんにちは!
2022年7月よりRTAを嗜んでいる「はいどしーく」と申します。
まずはここまでお読み下さり、本当にありがとうございました。
この度、ひなめがさんの「RTA Advent Calendar 2024」に参加させていただき、何を書こうか考えた挙句、RTA in Japanを題材にした小説を書こう!!と思い立ってこの短編を寄稿いたしました。(何をとち狂ったか……)
筆者は趣味レベルですが同人でもよくこういう文章を書いているので、何もかも初めて…というわけではないです。ただ、出来栄えには少し不安なところもございます。
楽しんでいただけたでしょうか…?
RiJを題材にした小説は、もしかしたら史上初では…? (笑)
ラストをどうするか考えずに進めたのですが、案外、良い感じに落ち着いたのではないかなと思います。
今年の夏、RTA in Japan Summer 2024に参加(とっとこハム太郎 ハムハムスポーツ)したので、その経験が結構活きましたね。
また機会があれば、こういったRTAがテーマの小説を書いてみたいです(今のところネタが無いですが…)。
では最後に宣伝をさせてください!
筆者は2024年12月30日(月)14時52分ごろ、RTA in Japan Winter 2024にて『ワリオランドアドバンス』のRTAを走る予定です!
かなり仕上がってきているので、よければぜひ当日、本番のランを見ていただければと思います~!
【RTA in Japan Winter 2024のスケジュール】
また、普段はTwitchでRTAの配信をしておりますので、こちらもよろしくお願いします!
【はいどしーくのTwitchチャンネル】
では改めてここまで読んでいただき、ありがとうございました!
引き続き「RTA Advent Calendar 2024」で皆さんの記事を楽しみましょう!
ではではー。