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全てが「エモ」に収束する

初めて19でお酒を飲んだときの高揚感は今でも忘れられない。

俺がお酒を飲むよりも、氷が溶けだすスピードの方が速かったから結局半分も飲むことができなかった。俺はいわゆる逆張り系陰キャだったからサークルなんて入ってなかったし飲み会なんてものも体験したことがなかった。塾のバイトの終わりに先輩に連れられて初めてお酒を飲んだ。そのときはなんとなくお酒をダサいものと認識していたしそれをストーリーに上げるやつはミジンコほどの知能も持ち合わせていないと、そう考えていた。

大学に入って数カ月くらいは、ずっと地元の友達と集まって自転車を漕いで隣街の安いカラオケまで行って徹夜で歌って、朝5時にになるとカラオケを追い出されるから、近くの富士そばで一番安いそばを啜って、また自転車を漕いで帰った。

俺たちはずっと地元の友達とつるんでいたけど、他の地元の奴はそれをダサいと言って非難していた。俺は大して気にしていなかったけど、たまたま会った昔好きだった女の子に「ずっと変わらないね○○は、変わってないの○○達だけだよ」って言われてしまって、そこから少し落ち込んでいた。ほどなくして俺達は集まらなくなっていった。久しぶりに友達に会ったら、彼らは古着を身にまとって、セッターをふかしながらセフレの話をしてくれた。かくいう俺も彼女からもらった香水を身に着けて、彼女とのセックスの話をした。お酒は飲めないままだったけど、煙草は肺に入れれるようにはなっていた。ワックスはギャツビーからオーシャントリコに変わっていた。カラオケには行かなくなったけど、変わりにドライブには行くようになった。それらは大した変化ではなかったけれど、俺達を遠くへ連れて行ってくれた。俺は大学にも友達ができていて毎日がそこそこ楽しかった。だけど心の底ではずっと中二病を拗らせていて、常に「エモ」から逃れる方法を考えていた。だけどもうすでに全てのパターンが出尽くしていて、俺達には逃げ場がなかった。息苦しくて、退屈で、怠惰で、鬱屈としていた。

俺は彼女とは上手くいかなくて、すぐに別れてしまった。大学の同級生にも手を出して気まずい感じになった。おしゃれも分からないから相変わらず服はユニクロだったし、ラークは好きになれなかった。結局大学の友達とも仲良くなりきれなくて、また地元の友達とつるみ始めた。やっぱりカラオケに行く気にはならないから、よく地元を散歩しながら煙草をふかしてた。結局捻くれものの陰キャの行きつく先は同じなのだと悟ったけど、友達はそうではないみたいだった。彼らは常に俺の一歩先を歩いていて、結局置いて行かれてしまった。俺はだんだん大学にも行かなくなって、太陽が沈むころに起き始めて、カラスの鳴き声と共に眠りにつく生活を繰り返していた。

俺は必至に逃げ続けたけど、やっぱり逃げ切れなくて、世間は俺を所謂「ボッチ大学生」と分類していたし、自堕落な生活も女関係のあれこれも全部が「パターン化されたエモ」の内の1つの縮小再生産に過ぎなかった。だけど世間はその「パターン化されたエモ」を1つずつ再現していくことを褒めてくれて、もっとその「パターン」に縋りつくべきだと脅してくる。周りが成長して自分だけ取り残されている状況すらも既に「パターン」として消費されていて、もう逃げ場がない。もう俺の「パターン」を奪わないでくれ。俺はほとんど窒息していた。今の大学生は「決められたパターン」をそれが「決められたパターン」と理解していながら再現することが、美徳とされている

結局古来より人間の行きつく場所は同じらしい、俺は一人で家を出て、走って電車に乗った。とりあえず海に行こうとした、新橋からゆりかもめにのってお台場に行って、一人で海を見た。海に入って、それで靴を濡らして、スマホをレインボーブリッジに向かって思いっきり投げた。終電を逃して、一人でネカフェに入って映画を見た。スマホを海に捨ててもデータはクラウド上にあるから案外困らないものだと思った。やっぱり「パターン化されたエモ」を再現するのは楽しくて、もう全員死ねばいいと思った。結局王道を行く勇気がなかっただけで、「パターン」とか「エモ」とかどうでもよかった。ようやく俺は自分の首から手を離すことができた。どんなにパターン化されていて、手垢が付きすぎていて、擦られすぎていても、全てが<俺達にとっては>純粋で心躍る初体験なんだ。だから安心して、馬鹿なフリをして、毎日をてきとうに生きればいいんだ。泣こうが喚こうが、どうせ全ては「エモ」に収束してしまうのだから。

次の日から俺はお酒を嫌いじゃなくなった。


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