仕事で直面する「損すること」の連続。でも、気にしない。損するぐらいがいい
今日、取引先と文字通り取引していて、結果としては、こちらが損したかな、と思う結果となった。
そして、その後、別のお客様から依頼されたモノを届けたのだけど、相手がとても多忙なタイミングで、軽くありがとう、と言われて、数秒で終わった。。。結構、準備と移動、大変だったんだけど。。。
そして、今日の最後の最後に、新規案件の断りメールが先ほど来た。打ち合わせを3回し、資料も色々作ったのに。無料で。ほぼ買う予定です、との会話でスタートしたのだが・・・
損したかなと思うこと。いっぱい。
そういえば去年、資産を売ったのだけど、今の方が高くなっている。週末にお茶した友達からは早まったんじゃないのぅー、と揶揄される。俺はまだ売ってないぜと鼻高々・・・
損したかなと思うこと。いっぱい。
ま、人生、そんなもの。
イライラしても、愚痴っても、負け惜しみしても、飲んでも、気分は変わるかもしれないが、状況は何も変わらない。その時間が無駄。
損から学んで次どうするかを考えよう、なんて正論もあるけど、それもよく考えると怪しい。
だって、同じ方法で上手くいくことだってあるし、相手の会社も、人も、タイミングも、背景も、違う。同じ人でさえ、同じものを拒否したり買ってくれたり。今、損した状況が全く同じ状況で未来に繰り返すことなど地球が回っている限り、ない。それに、資産なんて常にカンペキに最安値で買って最高値で売るなんて運用は不可能。
だから、「少し損をすること」、これを覚えたらいいのだ。
損する側でいいのだ。常に100点、相手を打ち負かすことを求めない。損したな、ぐらいがいいのだ。もしかしたら知らないところで相手に馬鹿にされているカモ。「カモ」と思われているカモ。別にいい。知らないところで言われていたら、知らないんだもの。逆に、感謝されているかもだし。損したぐらいでいいのだ。
「無敵の経営」(北川 八郎著、サンマーク出版)にそんな主旨があった。これを読んで以来、ボクもそう思えるようになった。損したかな状況に直面すると、いつもこの本を思い出す。「よしよし!損するぐらいでいいのだ」。「常に戦闘モードで勝ちを目指し”無敵”を目指すのではなくて、皆に愛される”無敵”になればいいのだ」と。感謝です、この本。人生が楽になったもの。そしてこの本をプレゼントしてくれた先輩。ありがとうです。
人生、ちょっとした「厚意」「行為」が
大きな変化を生み出しますね。
読んで頂きありがとうございます。
(最近出会った素敵な気づきフレーズv7_95)