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往診の話

今は自宅に病院を併設して、一日そこにいる生活をしていますが、開業当初はアパートでやっており、その後借家に引っ越し、隣においたプレハブで手術、という時代がありました。メインは往診診療でした。往診でできることは限られていますが、それでも手段がなくて通えない飼い主さんやどうしても動物病院に連れてこられない大きい犬などをなんとか診察していました。

そんなある日、ここから1.5時間ぐらいの所の海の町から患者さんが偶然何人もいらっしゃった日があり、その方たちは顔見知りのようで「あら、おたくもこちらへ?」などの会話が聞こえてきました。そんなことが数回あったため、それなら月に1回だけだけど私がその町に行って診療しようかなと思い立ちました。一番下の子がまだ1歳にならないぐらいの時でした。急に思い立ち、思い立ったらいてもたってもいられなくなるタチなので、その場でその町の役場に電話して1ヶ月に1回どこか場所を貸してもらえないだろうかと聞きました。まあ、そんな都合の良い場所なんてないよなと思いながら、それでも何カ所か提案してもらい、町の公共施設の外(軒下ではあった)を使ってもいいよと言ってもらえました。また、近くにある会社でテントも貸してくれるから(運動会で放送席などに使われるような大きいテント)それを使ったら良いよとのこと。

 日程を決め新聞に折り込みチラシを入れて、電話で公共施設の方と連絡を取りあい、テント設営の段取りもつけ、さあ行く準備は整った、と思ったら下の子が入院しました。翌々日には初めての遠距離往診で、折り込みチラシを入れただけなのでドタキャンもできない。先方の担当の方も私からの連絡が途絶えてイライラ・・・など困りました。どうやって乗り切ったのかは忘れてしまいましたが行くことができました。このあと、この一ヶ月に一回の遠距離往診(=ドタキャンができない仕事)の日を目がけて子供らは熱を出したり立てなくなったりするのですが、色々な人の助けを借りて凌ぎました。

最初の一年近くは屋外の軒下で診療を行いました。ワクチンを打ったり、皮膚病を診たり、耳の診察をしたり、簡単なことしかできませんでしたが、口コミで患者さんも増え、心地よい海風に吹かれながら診療を行いました。放送席で使うようなテントはとにかく重くて、立てるのも片付けるのも大変すぎて初回だけでやめました。シーズンが春~秋に向けてのことでしたので外の診療も可能だったのだと思います。

 その後、屋内の場所を貸してくださる方がいて冬も行くことが可能になりました。猛吹雪で前も見えない日が往診日にあたり、場所を貸してくださる方が「今日は一人も来ないと思うよ。先生も危ないから向かってくるんじゃないよ」と連絡をくださったり、チラシの折り込みをケチって地方新聞の小さい広告にしてみたら患者さんが1人も来なくて、暇なので持って行った小説を読んでいたら猛烈に面白くて(しかもそれはシリーズで何十冊も出ているような本だった)近くの書店に行って続きを買い占め、10時から16時までその小説をひたすら読みまくって終わった、とか、往診場所の近くのスーパーのお魚が安くて美味しくて、家族は毎月そのお土産を楽しみにしていたとか、10年近く続けて色々楽しいことも嫌なこともありました。

 ふと「もう疲れたなあ」と思ってやめてしまいました。でも今でも急にそちら方面の患者さんをみると「また始めるかな!」と思ったりするのですがなかなか踏ん切りがつきません。

 その時に来てくれていたわんちゃんは今16歳。もうほぼ寝たきりになってしまったけれど、飼い主さんは1ヶ月に一回顔を見せに連れてきてくれます。

 往診診療を始めた時の、初心の気持ちを忘れないようにしたいけれど、気力体力がないとなかなかそれを持続することができず、惰性の日々です。

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