大風-typhoon
朝からずっと変わらない明るさが続く。
空はいつもの雨雲ではなくて、隙間のない厚みのある薄い灰色で覆われている。いつもなら、じりじりと焼けつく日差しが西に傾き最後の熱を発する時間だ。今日は、気温が低いままだが、夕暮れの代わりに圧と湿気が熱を帯びてくる。
台風7号が今晩には近畿地方に上陸するので、天気予報を繰り返し見る。
今日は午後雨がずっと降るはずだったが、三時を過ぎてようやく降り始めた。自転車の速さでやってくる台風。上陸すれば、少し速く進むかもしれない。
台風の上陸圏に入ることを知ると、いつも落ち着かなくなる。一番暴風域に入る前の日はソワソワと日常が崩れていく。朝からスーパーに買い出しに行き、水を張り、自転車を建物の中に入れ、充電や電池を揃える。なぜかお腹が空かないが、おかずを数種類作る。
多分、子供の頃の台風の経験がそうさせるのだろう。昭和時代の台風は、迎えるのが一仕事だった。前日は扉や窓に板を打ちつけ、ガラスにテープを貼り、早い時間からせっせと母親とおにぎりやコロッケ、惣菜を作っていた。食器がなくてもそのまま食べることができるものがよかったのだ。
よく停電したので、蝋燭をつけての夕食。台風は秋にやってきたので、今よりも日暮れが早かった。真っ暗の夜に、ごおおおっという地響きのような中でよく食事ができたものだ。実は子供にとっては、学校は休みになるし、滅多にないスリリングな時間だったので、少しワクワクした気持ちもあった。
玄関の隙間からじわじわと水が入ってくるので、長靴を履いて外へ一歩足を出してみると、家の前の道は水面に変わって水が勢いよく流れている。
近くの池の方から、どんどん水がやってくるので、このまま池の中に沈んでしまうのか、池の中に町が浮かんでいるのか、上下左右全て水の世界になってしまっていた。
眠れないで布団を頭からかぶっていたら、いつの間にか朝になっていた。外へ出てみると、眩しい光で水面がキラキラと反射している。風も雨もなくなって静かな水面に池に住んでいる生き物達が流されていた。お昼頃には、すっかり家のまえは元の道路に戻り、池に帰ることのできなかった生き物達と枝や葉っぱ、ごみが残された。
掃き掃除をして、ガラスのテープを外すとあっという間に時間が経ち、一日が終わる。二日間、学校に行くこともなく勉強をすることもなく、ただ台風が過ぎ去るのを待つ。
台風は、懐かしい思い出ばかりではない。
2018年に直撃した台風12号の時は、オズの魔法使いのように、トタンや木片が空中を舞った。近くの公園の桜の木は根こそぎ倒れて、古墳を覆っていた樹々も根元から折れてしまった。街に出ると、電柱が倒れて街路樹が道路を塞いでいる。関空は海面と同じ水位になり、ひどい被害が出た。この数十年で、台風が通過するコースも大きく変わっている。久しぶりに上陸すると聞くと特別な気分が蘇ってくる。
そろそろ、雨音が本気になってきた。
©️松井智惠 2023年8月14日筆