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オオカミ村其の二十六

「胡蝶南の国に帰る」

 ウーラは二人の子供を背中に乗せて、力一杯走りました。大滝のごうごうという音が聞こえてきました。「胡蝶さんは、まだきていないの」と、二人の子供たちが、こわがって言いました。 「大丈夫さ、ほら」と、ウーラの前に、ピカリと銀色に光った靴をはいた胡蝶が、空から降りてきました。「みんな、無事だったね。ウーラ、よくやったよ。さあ、もうすぐ大滝だ」。

 後ろを振り返ると、よだれをたらして、頭をぶんぶん振りながら、狂ったオオカミたちが追いついてきました。「急ぐんだ、あいつらを食うぞ」「食うぞ」と、恐ろしいうなり声が聞こえてきました。胡蝶とウーラと二人の子供たちは、大滝の崖まで、急いでやってきました。はるか下には、水のしぶきの壁が広がり、底にはは無数の渦が見えました。「さあ、飛び込むよ、つかまって」と、胡蝶は子供たちを抱きかかえてウーラに乗り、大滝のなかに飛び込んでいきました。オオカミたちも、すぐ崖にやってきました。中には、そのまま飛び込んで落ちていく者もいます。一等さんがいない狂ったオオカミたちは、唸りながら大滝に次々と、のまれていきました。

 胡蝶たちも、大滝の流れにそって落ちて行きました。さすがに、ウーラは、かなり重かったのです。渦に巻き込まれる子供たちに、胡蝶は叫びました「渦に身をまかせるんだ」。ウーラは、初めての水中で、もがいています。胡蝶は、遠くまで聞こえるように、かんざしにしていた笛を吹きました。小天狗たちが、大天狗様を連れてやってきました。「大天狗様、このオオカミたちを、救ってください。わたしどもは、この渦を通ってゆきます」。「胡蝶、オオカミたちのことは、やはり紫玉がしでかしたことのようじゃ。これからが忙しくなりおる。天女のお前の力をかりたいが、二人の子供たちのことを頼む」と、飛び去って行きました。

 「さ、渦にさからわずに」と、胡蝶は靴の鱗を一枚づつみんなに貼り付けました。ぐるぐると勝手気ままに唸っていた水の輪っかが静かになって、一つの大きな渦になりました。胡蝶とウーラと二人の子供は、輪っかのまんなかに吸込まれていきました。鱗のおかげで、みんな息をすることができました。泥の中をとおり、茶色の渦をとおりぬけると、水は緑から青へ変わっていきました。胡蝶たちの身体は、びゅーんと、水面に飛び出しました。

 「みんな、大丈夫かい」と、海岸にたどり着いた胡蝶は、後ろを見ました。「胡蝶さん、わたしたちは大丈夫」と、二人の子供が言いました。「ウーラ、たいへんだったね。よくやってくれたよ」と、胡蝶はウーラにいいました。ウーラは、岸辺に寝転がって砂まみれになっています。「さ、私たちもからだをかわかさないと」と、胡蝶とこどもたちも、砂まみれになりました。砂はとても暖かく、さらさらとまるでおしろいのようでした。「南の国に帰って来てしまったんだなあ」と、胡蝶はいいました。「私たち、これからどうしよう」と、二人の子供が言いました。「ランそしてバラ、おまえたちは元の姿にもどって、このことを村へ知らせておくれ」と、胡蝶さんはいいました。二人の子供は、砂を振り払うと、小さな白オオカミの姿に変わっていました。

 「ウーラ、最後のたのみだ、この子たちを、白オオカミの村まで連れて行ってくれるかい」。「ウース」と、ウーラは答えました。「お前の故郷の西の国の近くにあるんだ。陸地は危ないから、この海岸沿いにいくんだよ」。「ウース」と、ウーラは嬉しそうに言いました。「胡蝶さんは一緒じゃないの」と、白オオカミのランとバラがたずねました。「しばらくここにいるよ。ランとバラが村に着いたら、遠吠えをしておくれ。すぐかけつけるからさ」と、胡蝶さんは、ふらふらとたちあがりました。「さあ、これを持っていきな」と、海岸に生えている大きな木の実をウーラの口に入れました。
お腹がすいたら、それをたべるんだよ」。


 ウーラの背中の上に、ランとバラはぴょんと飛び乗りました。「村に着く頃には、大きくなって、ウーラがいやがるよ」と、胡蝶はわらいました。「さようなら、胡蝶さん」と、白オオカミの子たちは、ウーラと一緒に西の方に旅立って行きました。海の上にきらきらと光る鱗が現れ、胡蝶の後ろに近づいてきました。「子龍かい、あの子たちの無事を、青龍さまにお願いしておくれ」。「もちろんです」と、子龍は言いました。

 「これで、一安心だ」と言うと、胡蝶さんは、海岸から少し離れたところにある屋敷にむかって、歩いて行きました。屋敷の中には、誰もいませんでした。赤い珊瑚でできた屋敷は、胡蝶が南の国を離れた時のままでした。屋敷の前に、ねずみの穴がありました。胡蝶は、穴から一匹ねずみを呼び出しました。 「お前たちは、るりの子供たちに会ったことがあるかい?」と、ききました。「あるともさ。みんな西の頂のある山に向かっていったよ」。「るりは、今どこにいるか知っているかい」と、胡蝶はききました。「るりのことは、知らないよ。紫恕さまとの約束で、ねずみたちは、オオカミの手助けをしているんだ」。胡蝶は、ねずみの尻尾をつかんで、ぶんぶんふりまわしました。「やめてよ、胡蝶さん、さっき食べたミミズがでてしまう」ねずみは、口から何かはきだしました。胡蝶さんは、その匂いをかいでいいました。

 「ねずみたちは、みんなこれを食べているのかい、『かくらん草』が入っているじゃないか」。胡蝶は、ねずみを地面におろしてやりました。白ねずみは、しばらくすると、くるしそうに暴れだしました。みるみる身体が紫色に変わって、ふくれてきました。胡蝶さんは、ねずみをなでてやり、銀の鱗を小さくちぎって、ねずみの口に入れました。すると、ねずみは、元に戻っていきました。「僕たちの水は、みんなその匂いがするよ。とてもいい香りがするだろう」と、ねずみは言いました。「まったくどうなってんだい。休む暇がないったら、ありゃしない。お前の飲み水のところへ連れて行っておくれ」と、胡蝶はねずみに言いました。

2021年9月11日改訂 (2014年3月24日 投稿)


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