オオカミ村其の二十四
「胡蝶たち荒れるオオカミから逃げる」
次の朝、胡蝶は外が騒がしいことにきがつきました。「今日はなんだっていうのさ」と、小屋の中から外を見ました。たくさんの村人が走り回っています。「どうしたんだい、そんなに慌ててまだ見せ物ははじまらないよ」と、胡蝶は、小屋に走ってきた村人にたずねました。「お前たちも、はやく逃げな。ぼくらの村はオオカミにやられたんだ。飢えたオオカミたちに、村人は食べられちまって、とにもかくにも逃げ出したんだ」。「やつらが、人食いオオカミになっちまったってことかい」と胡蝶はたずねました。「わからねえよ、考えている間にやってくるから」と言って、村人は走り去りました。
「変だな、オオカミが人を食べるってのは。何があったんだろう」。胡蝶は、小屋の上にいつもとまっているルリシジミに言いました。「お前たちは飛んでにげれるだろう。オオカミがやってくるから、私たちは逃げるよ。何があったのか、もしわかったら、教えてくれるかい」。「いいとも」と、ルリシジミは紫色の群れになって飛んでゆきました。
「みんな、起きて。急いで逃げよう」と、胡蝶は、魔法のような早さで袋に荷物を入れて、二人の子供をウーラのこぶの間に乗せました。子供たちはまだ寝ぼけています。「胡蝶さん、どうしたの?」。「人食いオオカミがすぐそこまできているんだよ。お前たちは、小さくて特にあぶないからな、ウーラ、この二人を乗せて先に逃げるんだ。南の国の方に向かって、大滝で待ってておくれ」と、ウーラのおしりをたたきました。
ウーラは二人の子供を乗せて、ずんずん走って見えなくなりました。胡蝶は、彼方にオオカミたちの姿を見ました。土埃の中から30頭くらいのオオカミがやってきます。逃げ後れた村人をくわえているオオカミもいます。人々の叫び声がうずまいています。胡蝶は、目をを閉じました。オオカミの声が聞こえてきます「もうすぐだ。もうすぐだ。やつらにおいつくぞ。」「一等さんはどこだ」。「一等さんはいないさ」。「お前が食っちまったのさ」。
胡蝶は「白オオカミの歌」を歌いました。「なんか気持ち悪い声がするぜ」。「おれには、きこえないよ」。「そら耳さ」。口からよだれをたらしたオオカミたちの姿がはっきりと見えてきました。村人たちが、また一人、次々捕まえられて行きます。「だめだ、あのオオカミたちはおかしくなっちまっている」と、胡蝶は、小屋の中に残っていた灯り用の脂を取り出して、火をつけました。小屋はぼうぼうと燃えて、オオカミたちは、近づいてこれなくなりました。「さ、この間に、みんな大滝の方へ逃げるんだ」と、胡蝶は、村人たちに言いました。村人たちは、オオカミが火の前でうろうろしているすきに、遠くまで逃げることができました。オオカミたちは、火から遠ざかってゆきました。
あたりの土は、血がしたたって真っ赤になっていました。「いったいオオカミたちに、何があったんだ」と、胡蝶さんは、袖から出した、ピカピカ光る銀の鱗の履物をはきました。三歩くと、胡蝶は、ふわりと空中に浮きました。「久しぶりだな、こんなことをするのは」。胡蝶はあっという間に、雲の上を飛んでいました。「胡蝶さんが飛んでいるとは、これ、いかなること」偶然出会った小天狗は言いました。
「人食いオオカミが現れて、逃げ出したのさ。紫玉が何かたくらんでいるのかい」と胡蝶は小天狗に聞きました。「いや、紫玉はオオカミには、何もしていないし、できないよ。やつらは、東のほうから来たみたいだ。」と小天狗は言いました。「それじゃ、白ねずみの親分があやしいんだ」と、胡蝶は言いました。「胡蝶さん、せっかく隠れていたのに、出て来たら白ネズミに見つかってしまうよ」。「私も、なんとか隠れていたいさ。ただ、荒れ狂ったオオカミには、白オオカミの歌を歌ってもぜんぜん聞こえなかったんだ」。「ぼくたち小天狗では、そんなやつらを正気にもどせないよ」と、小天狗は言いました。
「大滝で、あの子たちと、ウーラと落ち合うから、先へ行く。はやく、白オオカミの一等さまに、このことを伝えておくれ」と、小天狗に頼むやいなや、胡蝶は再び飛び立ちました。
2021年9月5日改訂 (2013年11月23日投稿)