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オオカミ村その四

初めての出会い

 オオカミ村に平穏な日々が戻ってきたある日、気づけばすっかりお天道様も空高く、じりじりと日差しが大地を焦がしていました。一等さんのおつかいで「目のコリなおし」の薬草を取りに行ったボジは、すっかり喉が渇いてからからでした。木陰で横になって朝露の残りにあずかろうとした時、そよ風が一滴雫を落としてくれました。「ああ、ありがたい」ほっとしてボジは眠ってしまいました。全くいつだって寝てばかりで働き者とはいえないボジです。そのうち、空はみるみる暗くなり稲妻が走り出しました。「バーン!」という音と強烈な光がボジを襲いました。 「ぐぎゃー!」と、ボジの悲鳴は落雷の音にかき消され、木は根元を残して倒れてしまいました。原っぱの草が赤く燃えています。ボジはほんの少しで危ないところでした。空はまだ暗くピカピカの光がいくつもオオカミ村のある原っぱに突き刺さっています。「はぁはぁいつもボクばっかり、水やら火やら雷やらお次は何だい?」そんな間の悪い役目ばかりのボジは、おどおどしながらひとりごちました。

 ボジは雷のなかを無鉄砲に駆けてオオカミ村へ帰ろうとしましたが、いつの間にか道に迷ってしまいました。いくつもの雷鳴が原っぱを突き刺して炎がどんどん大きくなっていきます。おっかなびっくりのボジは、こんな時でも「おっひさまはピッカピカ」と声を限りに歌いますが、聞こえるのは自分の調子はずれの声ばかり。仲間の返事は帰ってきません。大天狗は、ボジの鳴き声が木魂になって響き渡っているのを、聞き逃すはずは、ありませんでした。「ボジよどこじゃ」と、ひとっ飛びで向かう大天狗の後ろには、三人の小天狗が従っています。ぼーぼーとオオカミ村は、風のちからで、どんどん燃え盛っていきました。「いかん、いかんこれは、貴船のやつにも手伝ってもらわなければ」と、小天狗の一人を貴船の奥山に遣りました。ボジは「大天狗がきてくれた空近くへ」と、ひたすら山道を駆け抜け、岩場を飛び越えて行きました。その時一等さんの顔が浮かびました。「産まれて目を開く前のぼくを、おっきくしてくれたのは一等さんだから、このお薬を届けなくては」と薬袋を握りしめました。下界からの熱風を抜けたところに、ボジはようやくたどり着きました。
 初めて足を踏み入れた山は、ひんやりと高貴な薫りがしていました。ボジが立っている岩がぐらぐらしてきて、崩れだしました。中から現れたのは、一隻の氷の舟でした。冠もまばゆい女の人が現れ「たれぞ、わたしの舟が必要と」。とその人は言いました。「オオカミがいるじゃないか、何をしにきたんだよ、これから僕は大天狗に呼ばれてオオカミ村へいくんだ」と、ボジの後ろから声がしました。「常盤丸、これををつかいなさい」と、女性は舟と冠を差し出しました。「私は、また眠りにつきます。そこのオオカミも一緒に連れて行ってあげなさい」と崩れた岩の間に女の人は消えました。「お前の名は?」と、常盤丸はボジにたずねました。「ボ、ボジといいます」。ボジは人の姿を続けて見て、すっかり気が動転していました。「ふ~ん。びっくりしてるんだね。ま、不思議と言えば、不思議だろ?でも、今は急いで一等さんのいるオオカミ村の火を消しに」常盤丸は、ボジをのせて、厳しい岩場に挟まれた細い渓流の流れにそって、どんどん降りて行きました。 
「さて、ここからだ」と常盤丸はいいました。渓流が途切れて氷の塊にぶつかり、これ以上先へすすめません。「冠をかぶって」と、常盤丸は、ボジの頭に冠をかぶせました。「げっ!、人間のかぶるものを」と叫んだがいなや、行き止まりの淵は割れ、みるみる水が溢れてごうごうと山を流れ落ちて行きました。「はあはあ、間に合った」と駆けつけた大天狗も胸を撫で下ろしました。
 氷を溶かした冷たい冷たい水が、みるみるオオカミ村の火を消して行きます。ボジは、舟に乗って冠をかぶりその様を見て、ほっとすると同時に、神通力にびっくりしてぶるぶる震えていました。一等さんも無事でしたが、炎で眼が見えなくな李ました。ボジは一等さんに身体をすり寄せて、じっとそばにいました。冠は大きなボジの頭にくいこみ、血が流れています。「いたかったろう」と、一等さんはボジの頭をなめてやりました。「小さいオオカミくん、この冠を被って平気なのはあの人だけさ」と、常盤丸はボジの頭から冠を注意深くはずして薬を塗ってやりました。「大天狗さま、これくらいでいいですか。私は舟と冠を母のいる奥氷室へ戻しておかなければなりません。「いやいや、わしがお願いしたとはいえ遮那王と言われるだけのことはある。立派な働きぶりであった。はやく、あの方のところへお返ししなさい。わしもお礼を申さねばならぬ」と、大天狗はちゃっかり常盤丸と舟に乗って戻ってゆきました。ボジは空を見上げて「いやはや、不思議なことが、あるものだ。そして、理由などなくぼくたちを助けてくれたあの女の人に、いつかまた会えるような気がする」と、お礼の長い遠吠えをしました。

2021年2月21日改訂 「初めての出会い」


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