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オオカミ村其の三十

「マリとナマズのおじいさん」

 離れ離れのネズミの穴に入り、別の世界に現れた子オオカミたちは、それぞれ旅をしています。レイのお次は、マリのお話です。

 深い穴へと、マリは、落ちて行きました。

 「西の山へ」ということばを繰り返しさけびました。お母さまの優しい顔と、こわい女の人の顔が交互に浮かんできました。「どこまで落ちて行くの、助けて」と、マリは叫びました。まわりの壁の色が渦を巻いています。渦の中に巻き込まれたマリは、すとんと落ちました。マリが顔をあげると、そこは、池のほとりでした。

 マリは池というものを、まだ知りませんでした。池のほとりで力をなくしたマリは、ただじっとうずくまっていました。ゆらゆらと、緑色の藻が水の中に見えました。小さな生き物が泳いでいます。「お母様がたべさせてくれた、お魚が泳いでいる」と、マリは、身を乗り出しました。
 池は深く、底は暗い色をしています。マリは、喉の渇きをおぼえて、水をのもうとしました。ほとりの土は柔らかく、マリは「あっ」と言うと、池に落ちてしまいました。水をいっぱい飲み込んでしまったマリは、沈んでいきました。すると、どこからともなく黒い背中があらわれて、マリをのせて泳ぎだしました。水面にあがったその魚は長いひげを動かし、大きな口を開けてあくびをしました。

 「やれやれ、美味しそうな虫かと思ったら、オオカミの子じゃないか」と、その魚はいいました。「私をたべるの」と、おそるおそるマリはたずねました。「わしは、たべないけれども、この池には、おじょうちゃんを食べてしまう生き物がいっぱいいるからの、ほら」と言って、マリを反対側の岸辺に連れて行きました。

「こちら側の方は、安全だ」
「ありがとう、黒いお魚さん、あなたの名前はなんというの?」
「わしは、名前なんてないよ。なまずのじいさんだ」
「なまずのじいさん、ここはどこなの?西の二つの頂きのある山へ行かなければならないの」
「わしは、水の中のことしか知らんのでのう。おじょうちゃんは、それじゃ、これを食べて陸の方へ行きなされ」
 なまずのじいさんは、大きな口から、水と一緒に小魚を吐き出しました。ちょっと、臭い匂いがしましたが、マリは、急にお腹がすいて、パクパク食べました。

 「よく食べるのう、ふぉっ、ふおっ」と、なまずのじいさんは、笑いました。マリは、お中が一杯になって、元気になりました。池の底から、一匹の蛇が顔を出しました。「きゃ!」と、マリは叫びました。「おお、大蛇さまがおいでなさったか。大蛇さま、オオカミの子が急にあらわれてのう」。「大蛇さま?」とマリはおそるおそる、たずねました。「オオカミの小さき子よ、この池のまわりには、もうオオカミはいなくなって久しい。これは、奇なることじゃ」と大蛇がいいました。

 「この池は、昔オオカミたちが住んでいた村が沈んでいるのじゃ」と大蛇がいいました。ます。「ほう、大蛇様、それは知らなんじゃった。」と、なまずのじいさんがいいました。「何かの縁あってのことかもしれぬ、そのオオカミの子、名前はなんと言う」と、大蛇はたずねました。

 「この子は、マリといっての、これから西の二つの頂きの山へいくそうじゃ」となまずのじいさんが、マリの代わりに言いました。「この池は、オオカミの村が燃えたあとにできたもの。地をはう蛇は、いなくなったが、私のような水の中で生きる蛇だけが、生き残った。マリとやら、陸地のわかるところまで、わたしがついて行こう」と、大蛇は岸辺にあがってきました。

 真っ赤な舌で、マリを背中にのせると、なんという大きさでしょう。なまずのじいさんの何倍もある太いお腹がするすると、わになりました。「マリといったのう、また遊びにおいで、ふおっふおっ」と、なまずのじいさんは、池の中へ帰って行きました。

 「なまずのおじいさん、きっとね。約束する」と、マリは池に向かって言いました。大蛇は、池のまわりを一回りして、西の山へ向かう道をおしえました。「ここからは歩いて行きなさい、マリ」と大蛇は、言いました。マリは、ぴょんと飛び降りました。

 「このうろこを一枚もって行くように。いつかやくにたつであろう」と、大蛇は、マリに白い鱗の髪飾りをつけてやりました。マリは、ぽかぽかあたたかくなるのを感じました。「大蛇さま、ありがとう」マリは、道をとことこ歩き出しました。

©松井智惠      2022年7月23日改訂 2014年8月13日FB初出

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