オオカミ村其の二十三
「胡蝶の仲間」
水脈の流れははやく、胡蝶を南の国に運んでいきます。「そういえば、あの子たちとウーラを連れていかなければ。」と、胡蝶は北と南のちょうど真ん中にある「ひとつ昔の水脈」を通って陸に上がりました。
「おーい、ウーラ、我が家に帰ってきたよ」。テントを開けると、よだれを垂らした醜いケモノが胡蝶にすり寄ってきました。「胡蝶さん、お帰りなさい。子供たちも元気にしているよ」と、ウーラはブルブルブルっと三回からだを振りました。すとんすとんと、男の子と女の子がウーラの背中から降りてきて、胡蝶に抱きつきました。「わー、やっと帰ってきてくれたね。なんかオオカミの匂いと、雪の匂いがするよ」と、二人の子供はしゃぎました。「少し時間が逆戻りしてるから、お前たちはまだ人の形をしているね」。「何行ってんの胡蝶さん、お腹がすいたよ」。「ほら、北の国のトドゥの干し肉だ。みんな食べて、食べて。明日は見せ物のお客さんがくる日だよ」。胡蝶とウーラ、二人の子供たちは干し肉をお腹いっぱい食べました。
翌日は胡蝶と子供たちは、きれいな色の布でできた幕を張り、見せ物の準備をしました。なんといってもウーラはずっとずっと西からきたケモノです。この辺りの村人は、穏やかに暮らしていました。でも、毎日の安心と引き換えに、怖いもの見たさで異国のものたちに、ひきつけられるのでした。端正な顔立ちの少年少女が、怪獣に食べられやしないかと、ヒヤヒヤしながら、胡蝶の艶やかな容姿にみとれるのです。村人たちは、当然とばかりに押しかけてくるので、困り果てた胡蝶は見せ物代金をとることにしたのです。
二つの大きな岩のような、ウーラの「こぶ」の間に押しつぶされかかっていた子供が二人飛び出してきました。大きな叫び声を出して醜い生き物は、平気で子供たちを人のみで食べてしまいました。村人たちは、いつも通りなのに、ぎゃあぎゃあと叫んでいます。「さ、これで見せ物はおしまいだよ、みんなお代を忘れたら、こいつが噛みつくよ」と、胡蝶さんは、お客さんに言いました。醜い生き物は、ぶるっと、頭をふると、くさいよだれが飛び散って、お客さんをねばねばにしてしまいました。胡蝶さんは、気取ったようすで、かごをうでにかけ、お客さんから、お金をあつめました。「あら、旦那さまも、奥さまも、今日は気前がいいこと。ありがたいわ。また、おこしくださいね。」胡蝶さんは一通りお客さんに挨拶をして、「さあ、終わりよ、明日もこの子が待ってるわ」と、幕を閉めました。
ざわざわと、外では人の声が聞こえてきます。「ほんとに、この見せ物は気持ち悪いよ」。「なら、見に来るのをやめればいいじゃない」。「明日も、あの子供たちが出てくるんだ、それが不思議なのさ」。「あー、疲れたわ、ウーラもごくろうさま」。ウーラは、思いっきり醜い口をあけました。二人の子供は、ウーラのほおの奧から、飛び出してきました。「あんたたちも、いつも、ウーラのよだれで、着替えがたいへんだよ」。と、胡蝶さんは、ふっと、笑って言いました。「さ、服をぬぎな、明日までに洗って乾かすんだから」。二人の子供は、さっさと服を脱いで、ウーラの背中で寝てしまいました。
「胡蝶さん、今日は10年に一度、生まれ故郷から、便りの使いが来る日ですよ。ほら、花火もあがっています」。「ほんとだ、お前はほんとに遠いところから、歩いてきたんだからね」。と、胡蝶は少し眼を細めました。「この野営地に来たときは、ひどいありさまだったよ。お前の生まれ故郷、はるか西の彼方では、金銀でできた壁に囲まれた、お城があるじゃないか。それも、おまえたちのような丈夫な、荷物運びがいるからさ」。「胡蝶さんの故郷はどこなんですか」と、ウーラは聞いて、しまったと思いました。胡蝶の顔色がみるみる薄くなっていきました。
胡蝶は、花火を見上げて空に向かって飛び立とうとしましたが、地面に落ちてしまいました。胡蝶は、泥だらけになってしまいました。「ウーラ、お前はオオカミに会ったことがあるかい?」。ウーラも背中に子供をのせたまま、ぐーぐー寝てしまっていました。胡蝶さんは、一人になりました。布で覆ったテントを出て、しばらく夜露の道を歩き、木々の間に横たわって空を見上げました。たくさんの天女が、空を舞っていました。胡蝶は、ふるさとの、南の国のことを思い出していました。「明日はみんなで南の国へ向かおう」。
2021年9月3日改訂