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朦朧旅行の夏

毎年毎年、生まれて初めてのような暑い夏。

コロナの期間は、暑さよりも感染の方に気がずっと向いていて、
暑さがこわいなどと思わなかった。マスクの中に汗が溜まり、
息苦しいことが一番不快だった。

人の出も少なく、交通量もすっかり少なかった当時の夏は、
息を潜めてじっとしていることに、何も抵抗はなかった。
そんな夏の暮らしもいいかとさえ思っていた。
今年の帰省列車は、全席予約とか。
一人づつ開けた席の空間、列車も劇場も満員御礼でない世界。

私はどちらかというと、そのような贅沢が続けばいいと思っていた。

人々は動き回り、何かに追い立てられて、コロナ前よりも目まぐるしく変わる、激しい社会。行動することで、前に進む物事もあれば、動かないことで、与えられるギフトのようなものもある。

夕方になってもまだ虫たちはじっとしている。それでも八月の中頃を過ぎた頃には、蝉の代わりにチイチイと、小さな鳴き声が聞こえてくるのだろう。
そうだ、朝顔も9月になれば咲いてくれるだろう。

夏至をすぎ、西陽が斜めに差し込んでくるにつれて、海からの暖かい風が吹くようになってきた。小さな光の輪っかを見つければ、虫たちの住む世界へと、気持ちだけは朦朧旅行へ向かう。

 ©️松井智惠            2024年7月3日筆

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