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歌を忘れたカナリア


カナリアは今日も「一枚さん」となって歌います、忘れるまで。
 
 西条八十が1918年(大正7年)に「赤い鳥」に寄せた日本で最初の童謡の歌詞は、「赤い鳥」専属だった成田為三作曲によって翌年楽譜と一緒に掲載された「かなりあ」という歌だった。「かなりあ」の歌はよく知られているが、歌詞を全部諳んじていないので、改めてここに書き記すことにする。
 
歌を忘れたカナリヤは後ろの山に捨てましょうか
いえいえそれはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは背戸の小藪に埋けましょうか
いえいえそれはなりませぬ
歌を忘れたカナリヤは柳の鞭でぶちましょうか
いえいえそれはかわいそう
歌を忘れたカナリヤは象牙の船に銀のかい
月夜の海に浮かべれば忘れた歌を思い出す
 
 何回読んでもいたたまれなく、かなしい気持ちになるのは「童謡」とはいえ、そこに書かれた言葉が、比喩に満ちているからだ。これは童謡で歌うことを推奨された詩歌だ。歌を歌わなくなったカナリアの話を、私たちに歌えよと促され歌うのだ。西条八十という人のポエジーはなんと残酷なことか。歌えば、詩を書いた西条八十本人が自分自身をカナリアに見立てていたことが察せられる。詩作の苦しみや哀しみ、社会の人々の眼差しをそこに託していたことが切ないまでに伝わる。
 
 カナリアは、美しい声だけでなく、危険地帯を探索するときにも重宝されてきた鳥だ。鳥の中でも、弱いゆえに酸素が少しでも薄くなると死んでしまう。危険を察知するために人々の先導となって、鉱物や宝探しのために、暗闇の洞窟の中へ入っていった。美しさを褒め称えられる歌を歌えなくなったカナリアは、数えきれないほどこの世に存在していた。裏山に捨てたという話も、勿論あったに違いない。
 
 ならば、詩人はどうだ。カナリアに託された宿命のように、世の中で強靭な存在としては生きていくことができない者のことではないか。詩の心がもたらすものは、目の前のご馳走でさえ食せば理由なき涙をこぼしてしまう感受性である。私の勝手な例えではあるが、到底社会のために役に立つとは言い難いことであろう。西条八十もまた、自身がカナリアであることを自覚していたに違いない。
 
 1918年(大正7年)は、時の内閣がシベリア出兵を宣言し、全国的な米騒動が起こった年である。国民の不安は最も高まっていた。その同じ年に発表された「カナリア」の歌は、何が役に立つのか、弱きものは生きて行けるのか、詩人も含めて世の中では、お米に変えることができない術を持つ人々、「役に立たない」人々が存在できるのかという不安が心の底に沸き起こっていただろう。 
  現在「役に立つ」ということに対する不安は、西条八十が「かなりあ」を描いた時と変わらないのではないかとさえ思う。21世紀は「役に立たない」ものを掬い上げようとするものの、その真逆の世界を作り出している。物事に表と裏があることは自明だが、現代は、の不可視と可視が入り混ざり、常に可変で姿形が動いている様子を呈している。確かな立体像は溶けつつ生成する。画面もまた、大きさの単位は人間のスケールで測られるものではない。デジタルの単位は宇宙空間にまで届く。

 子供のための雑誌「赤い鳥」は、大人の作家が、自分の心を素直に吐露できる場であったのではないかと察する。鈴木三重吉、芥川龍之介、有島武郎、泉鏡花、北原白秋、高浜虚子、徳田秋声、菊池寛、谷崎潤一郎、三木露風、西条八十と、「赤い鳥」に発表している作家を見れば、大人の世界と子供の心はさして変わりなく、子供向けの表現を借りた短い文章なだけに、世界の有り様が凝縮されて描かれている。難しい熟語を使わず短い文章を書くときには、比喩の力を借りる必要がある。その筆力は長編とはまた異なるものを求められる。しかし、比喩によって紡がれた言葉が時間の枠を超えて、現代にも届く事象を与えてくれるのだ。

  私がなぜこのような長い引用を書いたかというと、今日も返事を書くネットでのやり取りには、比喩に満ちた文章は必要とされない。ラインでのチャットやネットでの文章を読もうとしても、そこには画像や動画が散乱した画面になっている。言葉の響きだけ、あるいは画像だけを体験することがむしろ難しく貴重なこととなっている。現代ではさまざまな事象に対応しているうちに、子供も大人もあっという間に歌を忘れたカナリアがいたことさえ、忘れてしまう。
おいしいご馳走を前にしても、それが暖かいのか冷めたものなのか、画像の湯気にリアリティを感じ、歩けばレンズ越しの動画の小鳥と戯れて微笑する私の身体が存在する。
 
 なぜ、こんなに数多くの種類の情報が溢れ出る世の中になってしまったのだろうか。人々と会話をするのに用いられるツールの数は限りなく増え続ける。その中でも、「役にたつ」ことが基準になっていくのだろうか。芸術は、現代ではさまざまな役割を担っている。別の見方をすれば、何かの役に立たなければ、存続が不可能な媒体になっているのかもしれない。ならば、私は、とうに歌を忘れているのかもしれないと、夕方に空を見て思う。
そのように愚痴めいたことをつらねども、比喩のないネットの世界にもどっぷりと浸かってあちらとこちらを常に行き来しながら美術制作をしている。PCでのやり取りができなくても、美術作家として認められるなら、そうしたいものだ。毎晩行っているSNSへの小さな紙切れに描いた絵の投稿は、次の展覧会のためでもなく、自分がまだ歌を忘れていないことを確かめるためだけの一片の絵。
「一枚さん」と名付けた、役に立たない紙片の集積は作品と呼べるのかどうか、世の中に出してみたいと12年たった今、思うようになった。世の中とは、SNSよりも広いwebの世界と今、私が歩いている場所だ。
象牙の船はなけれども、可変の時空を自由に行き来できる船にカナリアを乗せて、舳先の上でとこしえの歌を歌ってみたいと思う。

  今夜は街では月の明かりは見えねども、青のインクを濡らした紙の上に一筆置く。月が銀の筆を落としてくれたなら、出番を待っていた五色の鳥たちが舳先に降り立つ。彼らもまた、「かなりあ」のように歌を思い出すのだ。「かなりあ」はもう打たれることもなく、忘れん坊の役立たずたちと、一編の歌を歌う。私は彼らと一緒に日々旅をして生活する。それが美術史の範疇に入らず、作品と呼ばれなくとも。
 
©️松井智惠                2024年10月2日 筆
 
 
 
注)カナリアの雄は、実際に繁殖期を過ぎると、歌を忘れます。
繁殖期には脳の「歌う中枢」が、約2倍大きくなります。 雌を自分のところへ引きつけるために歌を覚え、夫婦関係が成立すると、歌の元の大きさに戻り、覚えた歌を忘れることになります。
 

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