オオカミ村其の二十九
「シロとレイ」
離れ離れのネズミの穴に入り、別の世界に現れた子オオカミたちは、それぞれ旅をしています。リンのお次は、レイのお話です。
シロは、からだの毛が茶色なのに、「シロ」とよばれていました。
野犬のお母さんは、真っ白で、ふわふわした大きな犬でした。ある日、小さな穴から、ひょっこり茶色い顔が出てきました。「あら、お母さん何か小さい子犬がいるわ」と、お母さん犬の子供が言いました。
「どれどれ」と言って、お母さん犬は、穴から子犬をくわえてひっぱりだしました。まだ、小さい子で、すっかり弱って目を開けることもできません。お母さん犬は、他の子犬と一緒に抱きかかえて、その小さい子を育てることにしました。胸が真っ白の茶色の子犬を「シロ」と名付けました。
季節が変わり、お母さん犬の子犬たちは、大きくなって草むらを駆け回っていました。
穴から出てきたシロも、元気になっていました。
ただ、ほかの子犬たちは、お母さんのように毛がふさふさしているのに、シロは違っていました。
大きな耳と口に、太い尻尾、だれよりも速く走っては、かけっこで一番でした。
お母さん犬たちは、村の家の近くで暮らしていました。みんなが大きくなった頃、いつものように鶏を追いかける仕事に、村へ行きました。「今日も、働いておくれ」と、家の主人は、ご飯の残りを持ってきました。鶏が逃げないように、追いかける仕事を子犬たちも覚えてきました。
お母さん犬は、もちろん一番上手にやってのけました。そのとき、鶏が一斉に鳴き出し、暴れ回りました。見ると、大きなオオカミがやってきて、鶏を何匹も食べています。
「おや、こんなところにオオカミのチビがいるじゃないか」と、大きなオオカミは、シロを見て言いました。
お母さん犬は、「この子は、オオカミじゃありませんよ、はやく出て行って下さいな」と、追い払おうとしました。「へ、変わった犬もいるもんだな」と、オオカミは鶏をくわえて走り去りました。
家の人も、驚いてこの様子を見ていました。子犬たちも、ぶるぶる震えていました。
「シロが、オオカミの子だって!」
と子犬たちは叫びました。「だまりなさい、とにかくああいうやつには気をつけるのよ」
と、お母さん犬は、みんなを叱りつけて、さっさとねぐらに帰りました。
夜になり、お月様が、空で冷たく光っています。
シロは、遠くの星を見つめていました。そこに、小さなねずみが、顔を現しました。「レイ、こんなところにいたのかい」「えっ?」と、シロは振り向きました。「そうか、まっ白母さんに助けられていたんだな。お前は、他の兄妹たちのところへいかなくちゃ。思い出すんだ、穴に落ちた時のことを」と、ねずみがいいました。「兄妹、オオカミ・・・、レイ」と、シロは頭の上の星がグルグル渦を巻いて吸込まれそうになりました。
次の日村の家へ行くと、「オオカミの子がいるじゃないか!帰れ」と、主人はお母さん犬に言いました。「この子は、私の子で犬なんですよ」。「だめだ。どう見たって、おまえたちと違うその牙をみればわかるぞ。今日は、ご飯はなしだ。昨日あれだけ鶏を喰われたんだからな」と、去って行きました。子犬たちは、お腹をすかせています。お母さん犬は、「別の家を訪ねて見ましょう」と言いました。すると、そのとき、昨日のオオカミが仲間を連れてやってきました。
「おい、今日もいただくぜ。」と、鶏を捕まえだしました。その時です、シロが、オオカミに飛びかかって行きました。大きなオオカミの喉に食らいつきました。「なにを!と、大きなオオカミは、ぶんと、振り払いました。茶色い子は、地面に落ちて他のオオカミにつかまって、ぶんぶん振り回されてしまいました。お母さん犬は素早く茶シロを助けて、走って逃げました。
「お母さん、ぼくはオオカミだって、昨日もねずみが言いに着たんだ、このままじゃ、みんなご飯がたべられないよ」と、茶色い子は、泣きじゃくって言いました。「ねずみは、ぼくのことを、レイって呼んだんだ」「レイ、そうね、それがあなたのお母さんがつけてくれた、本当の名前よ。」「ぼくは、何なの、どうして」と、シロは、頭を振って言いました。「ぼくは、みんなと別れないといけないんだ」「レイ、あなたは私のかわいい子。でも、行かなくてはならないところがあるのよ。二つの西の山の頂きに」。
ちらちらと、白いものが空から降ってきました。「レイ、これからいろんな動物たちと出会うでしょう。その時は、まず鳥たちの話を聞きなさい。」
お母さん犬は、レイの首に、隠しておいた干し肉と「犬の瞳」という小石を袋にいれて、首にかけてやりました。「シロ、いつまでたっても、私の可愛いシロ」と、お母さん犬は、涙を流して、レイを旅立ちの道まで見送りに行きました。「おかあさん、ぼくはシロだから、いつか、かえってくるよ」と、レイ、いえシロは白い粉雪で覆われた二つの頂に向かって、歩き始めました。
©︎松井智惠 2022年7月8日改訂 2015年1月15日FB初出