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オオカミ村其の二十五

「胡蝶、南の国へ帰る」

 ウーラは二人の子供を背中に乗せて、力一杯走りました。大滝のごうごうという音が聞こえてきました。「胡蝶さんは、まだきていないの」と、子供たちが、こわがって言いました。 「大丈夫、ほら」と、ウーラがいうと、ピカリと銀色に光った靴をはいた胡蝶さんが、空から降りてきました。「みんな、無事だったね。ウーラ、よくやったよ。さあ、もうすぐ大滝だ」。

 ウーラが後ろを振り返ると、よだれをたらして、頭をぶんぶん振りながら、狂ったオオカミたちが追いついてきました。「急ぐんだ、あいつらを食うぞ」。「食うぞ」と、恐ろしいうなり声が聞こえてきました。胡蝶さんとウーラと二人の子供たちは、大滝の際まで、急いでやってきました。水壁のはるか下には、無数の渦巻がありました。「さあ、飛び込むよ、つかまって」と、胡蝶はウーラに乗り、子供たちを抱きかかえて大滝に飛び込みました。オオカミたちも、崖のところにすぐやってきました。一等さんもいない狂ったオオカミたちは、唸りながら飛び込んで大滝の渦に次々とのまれていきました。

 ウーラの身体は重たく、胡蝶たちも深い渦の中に落ちていました。子供たちに、胡蝶は叫びました「渦に身をまかせるんだ」。ウーラは、初めての水中で激しくもがいています。胡蝶さんは、遠くまで聞こえるように、かんざしにしていた笛を吹きました。小天狗たちが、大天狗を連れてやってきました。「大天狗様、このオオカミたちを、救ってください。わたしどもは、この渦を通ってゆきます」。「胡蝶、オオカミたちのことは、紫玉がしでかしたことのようじゃ。これからが忙しくなりおる。天女のお前の力をかりたいが、二人の子供たちのことを頼む」と、飛び去って行きました。

 胡蝶は銀の鱗を靴から剥がして、ウーラと子供たちに貼り付けました。ぐるぐると勝手気ままに回っていた無数の渦は、静かになって一つの大きな渦になりました。胡蝶とウーラと二人の子供は、渦のまんなかに吸込まれていきます。淵の底に達すると、胡蝶たちの身体はびゅーんと水面に飛び出しました。遠くに見える浜を目指して、皆は泳ぎ始めました。

 「みんな、大丈夫かい」と、浜にたどり着いた胡蝶は、後ろを見ました。「胡蝶、わたしたちは大丈夫」と、二人の子供が言いました。「ウーラ、たいへんだったね。よくやってくれたよ」と、胡蝶はウーラの身体をポンと、叩きました。ウーラは、岸辺に寝転がって砂まみれになっています。「さ、私たちもからだをかわかさないと」と、胡蝶とこどもたちも、砂まみれになりました。砂はとても暖かく、さらさらとまるでおしろいのようでした。

 「南の国に帰って来てしまったんだなあ」と、胡蝶はいいました。「私たち、これからどうしよう」と、二人の子供が言いました。「おまえたちは、元の姿にもどって村へ帰ってこのことを知らせておくれ」と、胡蝶はいいました。二人の子供は、砂を振り払うと、小さな白オオカミの姿に変わっていました。

 「ウーラ、最後のたのみだ、この子たちを、白オオカミの村まで連れて行ってくれるかい」。「ウース」と、ウーラは答えました。「お前の故郷の西の国の近くにあるんだ、陸地は危ないから、この海岸沿いにいくんだよ」。「ウース」と、ウーラは嬉しそうに言いました。「胡蝶は一緒じゃないの」と、二匹の白オオカミの子がたずねました。「しばらくここにいるよ。タンとバラが村に着いたら、遠吠えをしておくれ。すぐかけつけるからさ」。と、胡蝶は、ふらふらとたちあがりました。「大丈夫さ。さあ、これを持っていきな」と、海岸に生えている大きな木の実をウーラの口に入れました。「お腹がすいたら、それをたべるんだよ」


 ウーラの背中の上に、白オオカミのタンとバラはぴょんと飛び乗りました。「村に着く頃には、大きくなって、ウーラがいやがるよ」と、胡蝶はわらいました。「さようなら、胡蝶さん」と、白オオカミの子たちは、ウーラと一緒に西の方に旅立って行きました。海の上にきらきらと光る鱗が現れ、胡蝶の後ろに近づいてきました。「子龍かい、あの子たちの無事を青龍さまにお願いしておくれ」「もちろんです」と、子龍は言いました。


 「これで、一安心だ」と言うと、胡蝶は、海岸から少し離れたところにある屋敷にむかって、歩いて行きました。屋敷の中には、誰もいませんでした。赤い珊瑚でできた屋敷は、胡蝶が南の国を離れた時のままでした。屋敷の前に、ねずみの穴がありました。胡蝶は、穴から一匹ねずみを呼び出しました。 「お前達は、るりの子供たちに会ったことがあるかい?」と、ききました。「あるともさ。みんな西の頂のある山に向かっていったよ」。「るりは、今どこにいるか知っているかい」と、胡蝶はききました。「るりのことは知らないよ。紫恕さまとの約束で、ねずみたちは、オオカミの手助けをしているんだ」。

 胡蝶は、ねずみの尻尾をつかんで、ぶんぶんふりまわしました。「やめてよ、胡蝶さん、さっき食べたミミズがでてしまう」ねずみは、口から何かはきだしました。胡蝶は、その匂いを嗅いでいいました。「ねずみたちは、みんなこれを食べているのかい、これは紫玉の薬が入っているじゃないか」胡蝶は、ねずみを地面におろしてやりました。白ねずみは、しばらくすると、くるしそうに暴れだしました。みるみる身体が紫色に変わって、ふくれてきました。胡蝶は、ねずみをなでてやり、銀の鱗を小さくちぎって、ねずみの口に入れました。すると、ねずみは、元の元気な姿にに戻りました。

 「ぼくたちは、紫玉って人は知らないよ。ほら、ずっと地下の細工場で壁作りをしているじゃないか」と、白ねずみは言いました。「細工場での壁作りで、るりも一緒だったろう。だから紫藻がお前たち白ねずみを頼りにしたんだ」と、胡蝶は言いました。「ふ〜ん、なんせたくさん入れ替わり立ち替わりで、小さい子供がいるからな」。「もう、この穴には戻ったら駄目だ」と、胡蝶は白ねずみにいいました。「休む暇もないったらありゃしない」と呟くと、胡蝶は珊瑚の屋敷で倒れて眠ってしまいました。白ねずみは慌てて森に逃げて行きました。


2022年2月7日改訂  (2014年3月18日、5月21日投稿)

 


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