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スケッチ11112021

 雨は細かくて冷たかった。水分で重たくなったコートを脱いでも、何もする気が起こらず、熱っぽかった。気になって体温を測ると、36度と、むしろ低いくらいだ。この悪寒は気温と体温の両方からなのか。フリースの下に薄いダウンベスト、レッグウォーマーを足に巻くと、頭がぼうっとして瞼が下がり、動きが止まった。何もできないような気分。それと、朝目覚めた時にまだ残っている、締め切り当日の焦燥感と大量の寝汗。

 東京の展覧会が終わって、ちょうど10日になる。こんな風に得体の知れない無反応なアパシー状態になるのは、いつも通りだ。何回繰り返しているのかわからないが、展示前の緊張感は展覧会が決まった時から始まる。終わってしまうと私の居場所は宙に浮いたようになり、恵比寿から帰ってきた絵の仲間を、数点壁にかけてみる。時間は繋がり、絵の仲間と自分の居場所ができて少し安堵する。

 雨が続いて、人の少ないであろう国立国際美術館へ「ボイス+パレルモ」展を観に行く。先週は、兵庫県立美術館へ「ハリーポッター」展を観に行った。観るというより、その日は快晴で、電車に揺られている時間の方が愉しみだった。今日は、なんと気まぐれな空模様だ。朝から風と雨が少し渦を巻いているようで、冬がやってきたと身をちぢめていた。ここなら、行けるという場所へ好きな時間に訪れていいのだと、思い出して車に乗る。

 てっきり会場には2、3人だろうとタカをくくっていたが、若い人がそこそこ観にきているではないか。天気に左右され出すのは、老齢の証拠だ。それよりも、今やほとんどマイナーな展覧会で、世代がふたまわりぐらい違う人々が作品の前に立っている。感染の懸念ある世情では、今日の美術館は、一番静かで安全な場所だ。

 ボイスはあだ名で「パレルモ」と名付けたという。その名をずっと使い続けたこの作家は、全く異なる作品を制作している。短命ゆえに作品数が少ないが、「作家のための作家」と言われるだけあって、短い活動期間のうちに、現在に繋がる絵画の展開の先駆けとなる仕事をしている。シンプルで、誰にでもできそうで、でも未だなされていないこと。それもさりげなく。

最後の「さりげなく」というところが、ボイスには決定的にない資質だった。最初は師弟関係で、その後もずっと交流があったと二人。全く相いれなさそうながら、実はお互いが映し鏡のようになっていたのではないかと、ふと思った。


2021年11月11日 筆

©️松井智惠

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