感想:ドキュメンタリー『Resurface:波に包まれて』 異なる価値観を受容するには

https://youtu.be/l8W1yvrPA-U
【製作:アメリカ合衆国 2017年公開 Netflixオリジナル作品】

退役軍人のセラピーとしてのサーフィンを取り上げるドキュメンタリー。
心身にダメージを抱える彼らに、サーフィンがどのような効果を及ぼすかを取り上げた作品。

本作に登場する退役軍人は、肉体にも精神にも傷を負っている。腕や脚を失くしたり、視力・聴力にハンディキャップを持つ人もいれば、PTSDに苦しむ人もいる。

特にクロースアップされる元海軍のボビーは、外傷性の脳障害により、突然強い怒りや興奮状態に陥ることがある。本人にはその状態が発生する原因がわからず、記憶に残らない場合もある。
これには戦場で過度の緊張や興奮が持続することで、血液中に発生した神経物質が影響すると説明される。

彼は幼い頃から軍人になることを目指し、強い使命感を持っていたと語る。
しかし、イラクで常に命の危機に晒され、自身も子どもを含む多くの人々を殺害する状況の中で物理的に傷つき、長年抱いてきた信念やアイデンティティを見失うことになる。
ボビーは退役後も常に銃を携帯し、自宅の棚には夥しい量の薬が並ぶ。また、症状や薬の影響で勃起不全になることがあり、バイアグラも服用している。
彼は弱みや隙を見せることが許されず、「強い男」でいなくてはならない環境や価値観からなかなか抜け出すことができない。苦しむボビーはたびたび自死を考えたという。

改善しない症状や喪失感に対し、サーフィンが有効なのは、波に乗る行為が退役軍人に新たな状態をもたらすからだと説明される。
ドキュメンタリーでは神経科学の側面から、サーフィンを行う際に発生するドーパミンが緊張の緩和に作用していると述べられる。
これに加え、メタファーとしても波に乗る行為は軍人の世界とは異なる価値観をもたらす。
波は不定形であり、人間の意思とは無関係に動く。意図した通りにコントロールすることはできないため、人間はその流れを把握してうまく乗りこなそうとする。
そのためには、対象の支配・制御を志向する軍人の責務やマッチョイズムとは異なる考え方が必要になる。
波に自分の身体をフィットさせ、身を任せるためには、強張った身体から力を抜く必要がある。
「サーフィンをするとき、自分と波はふたりきりになる」「波を変えることはできないので、自分が姿勢や考え方を変える」とも語られる。物理的に外界から隔絶され、新しい在り方を実践する場を得ることで、サーフィン以外の場面でも「無理に抑えつけようとせず、共存・適応する」ことを徐々に行えるようになると考えられる。

前述のボビーはサーフィンによって笑顔を見せるようになり、ボランティアとして他の退役軍人に指導を行うこともある。
彼の症状は寛解していないが、うまく付き合っていこうと考えられるようになったという。これは波に対するサーファーの向き合い方とリンクする。

別の価値観を知り、受容しやすくするために身体を動かすというセラピーの構図は興味深く、より調べてみたいし、一部は自分が生活する上でも取り入れられると感じた。
また、退役軍人がアイデンティティを喪失している様子を見ると、実際に戦場に赴くまでに抱いていた価値観がどんなものだったのかとも思う。本人の気質や思想もあるとは思うが、軍への憧れを誘発し、リクルートし、教育する過程にも倫理的な見直しが必要だと考えた。

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