内省する雪原
純白がこの土地から言葉を奪ったとき。風は凪いだ。息さえも見えてしまう白昼に、世界はあらゆる種類の汚れを奪われてしまったようだった。すべてを黙らせ、窒息させる風景。ここに声は存在し得るだろうか。
ぼくが汚し続けている風景。この重責はぼくを、極めて冷淡に潰してしまう。土を蠢く言葉はコスモスを、脱色した上で枯らす。血液を終わらせる感情はウサギを、死ぬよりもはやく腐らせる。いきものとしての望みは絶たれているようだった。影はどうしても深まってしまう。太陽が眩しすぎるから。
お別れをするべきだった。現れては消えてゆくいのち。存在することと存在しないことの境界線上には、果てしない平野があって、月は緩やかに弧を描いている。静けさは、出会いと別れのあいだにあって、永遠でも一瞬でもある。だから、存在するものと、出会ったり別れたりすることは、できないのかもしれなかった。
この夜と朝に接して、綿雪はある種の恵みをもたらした。星がふるえている。太陽は真っ白だ。そして、ぼくの足下から地平線のその先まで、すべてがきらめいていた。息の詰まる荘厳はきっと、何かを萌している。夜から出発した朝であり、朝から出発した夜でもあるもの。そして、そのあいだに横たわる白昼に、声の萌芽はあった。
ーー愛だった。けれどもこれは、それ自体ではどうしようもなく価値のない愛だった。この類のものは凡そ破壊的であり、愚かで、位相が反転していた。誰のためにもならない、あるともないともはっきりしないもの。これにどんな価値があるだろう。夢の中に隠しても、燃やして灰にしてしまっても、なにも変わりはしない……。雪は無情にもこの世界を包み込んでいた。包まれたものが、包まれていることに気付かないほどに、ふわりと。
この土地はあまりに多くのあいだをたくわえていた。言葉と言葉のあいだ、石ころと砂粒のあいだ、平野と湿原のあいだ、夢と現実のあいだ、善と悪のあいだ、それから、きみとぼくのあいだ。そのすべてを、意識することも意識させることもなく受け容れるこの土地が、まるっきり雪に覆われてしまったとき、あらゆるあいだは、この青い結晶を経由して繋がる。これは言葉がいまにも生まれようとするところによく似ていた。声が到来しようとするあの場所に。
遠く、銃声が響いた。雪はいつからか、赤黒く染まっていた。ぼくがなにも持たずに待っていた指向性のもの。それはたぶん、むき出しの自由そのものだった。戦争が始まろうとしていた。ぼくはふたたび目を瞑った。
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