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一杯の紅茶
私が訪問看護に従事して、数ヶ月たった頃の、訪問看護師としては駆け出しの頃の話です。
Mさんは、自宅で在宅酸素をしながら過ごされていました。
徐々に食事が減り、うとうとされることが多くなり、いよいよ水分も取れなくなりました。
自宅にて点滴をすることになり、お伺いした時のことです。
ご高齢で、しかも数日食事をされていないので、脱水状態。点滴できそうな血管が見つかりません。
(この日、私は自宅での点滴の実施は初めてでした)
1回、2回と試みるも失敗。3回目も・・・すぐに漏れてしまい、点滴を続けることができません。
私は失敗するごとに焦りと緊張が膨らんでいき、鼓動が速く強くなるのを感じました。
「今、ここで私が点滴を入れられなかったら」
色々な考えが浮かび、責任と重圧でしまいには
「点滴が成功する」というイメージすら持てなくなってしまいました。
そんな私を見かねてか、Mさんの介護をされている娘さんが、
「少し休憩しましょう。お茶でも飲まれませんか。」
私に声をかけてくださいました。
娘さんは私を別室へ通し、とてもきれいな柄のソーサー付きのティーカップに紅茶をいれてくださいました。
私が紅茶を1杯飲み終える間、娘さんはMさんがお元気だったころの話をゆったりと、懐かしそうに話しておられました。
もう鼓動は感じません。
あと1回だけ。
4回目。
点滴は・・・・入りました。
何回も痛い想いをさせてしまったことをお詫びしたとき、娘さんは
「やっと入れてくださった点滴、少しでもたくさん母の身体に入るように、そばについてしっかりみていますね。」
そうおっしゃってくださいました。
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
通常、訪問看護の際は、お茶などをいただくことはお断りさせていただく決まりになっていました。
この日まで私は、どのお宅にお伺いしたときも、お茶などをいただくことはお断りしていました。
この日の1杯の紅茶。
紅茶をいただくほんの10分ほどの間、とても大切な時間でした。
私は紅茶と一緒に、いろいろな想いをいただいたのだと思っています。
一人暮らしのSさん。
週1回、体調のチェックにお伺いしています。
お伺いして、リビングでいつも私が座る席には、Sさんお気に入りのランチョンマットに並べられた、ソーサーとカップが、いつも私を迎えてくれます。