二項対立の中間点【満天の湯@上星川駅】
10月も半ばを過ぎるといっきに冷え込んできて、我が家ではついに掛け布団を出した。ちなみに、僕はコタツに入りながら食べるアイスだとか、冷房を効かせた部屋でくるまる毛布だとか、一見対立したように見えるものをどちらも取り入れる行為に悦びを感じる人種である。
幼いころ、真冬の風物詩である「ふたご座流星群」をどうしても見たくて、自宅の庭で凍えている僕のために母親が用意してくれた温かい甘酒をすすりながら眺めた星空も大好きだった。
そういえば、田舎出身者だからなのかもしれないが、東京の夜空はあまりきれいではないと感じてしまう。田舎にいたときと比べて星の数がかなり少ないからだ。都会の夜景には圧倒されるものの、どこか寂しさも感じてしまう。
さて、今日は10月20日(火)。待ちに待ったイベントである。
17時過ぎ、僕は東急東横線に乗り込んだ。電車に乗る機会があまり無かったので予測ができていなかったのだが、帰宅ラッシュの時間帯と被ってしまった。乗車率95%くらいの車両において「三密を避けろ」と言われても、さすがに難しさを感じた。
横浜駅に着いたものの、ここも人で溢れている。東京にしろ横浜にしろ、繁華街は星の数よりも人の数のほうが多いようだ。
さて、そこから相鉄線に乗り換えた僕が向かった先は「上星川駅」である。サウナーであれば、この駅名を見ただけで連想する店舗があるのではないだろうか。
そう、「満天の湯」だ。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/ )
実は、満天の湯に伺うのは今日で2回目である。前回初めて利用させてもらった時は、滝が流れるような大迫力のオートロウリュにダイナミックな6段サウナに、そしてバリエーション豊富なお風呂(しかも温泉もある)にと、とにかく興奮しっぱなしだったことを覚えている。
さらに、今日はそれに加えて、あるイベントが催されることになっていた。実は今日は休館日。しかし、この休館日を利用して特別営業が行われることになっていたのだ。
そのイベントとは、「スペシャルナイト」である。
スペシャルナイトとは、人数限定、事前決済で休館日に特別に入浴できるイベントのこと。満天の湯名物のオートロウリュだけではなく、1時間おきに計4回の「ハッスル熱波(=アウフグース)」も受けることができる。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/2020/09/15/1379/ )
普段は大混雑する温浴施設を、ゆとりを持って味わうことができるなんて贅沢にも程がある。行かない理由がなかった。
(館内はもちろんガラガラである)
入口で受付を済ませると、今回のイベントの特典であるオリジナルグッズ「満天の湯ロゴ入り携帯サウナマット」を手に入れることができた。事前に想像していたよりもコンパクトで、持ち運ぶにはなかなか便利そうである。
さっそく脱衣所へと向かい、服を脱いで浴場の中へと進む。
「快適すぎる……」
ただでさえ広いのに、人数制限実施かつ早めの時間帯に入館したため、一切の混雑を感じない。さすがに全員が同時にサウナに入れる程まで人数を絞っているわけではなかったが、伸び伸びと過ごすことができそうだ。
(アソビュー: https://www.asoview.com/item/ticket/ticket0000003443/ )
体を清めて、まずは内湯に入る。館内で抽出したという生姜エキスがたっぷりと含まれた炭酸泉が皮膚に程よく刺激を与え、体はすぐにぽかぽかしてきた。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/gallery/ )
「いま、たぶん僕は体に良さそうなことしてる……!」
なんてことをボーッと考えながら数分間の入浴を行い、楽しみにしていた露天スペースへと出る。ここはとにかく広いのだ。しかも、いたるところに”ととのい椅子”が設置されている。ととのい放題である。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/gallery/ )
僕は露天風呂(温泉)に浸かりながら、湯船の縁の岩に頭を乗せて、夜空を見上げた。この開放感がたまらない。しばらくして時計を見ると、時刻は19時20分になっていた。
「さて、そろそろだ」
僕はサウナ室へと向かった。例のハッスル熱波が10分後に始まろうとしていたためだ。
アウフグース未経験者にとっては「時間通りに行けば良いのに、どうして10分前に行くの?」と思われるかもしれない。僕も最初はそう思っていたが、自分の好みの位置で熱波を受けるためには、理想は10分前、遅くとも5分前にはサウナ室の中に入らなければならないのだ。
案の定、僕の予想通りサウナ室の中にはハッスル熱波待ちだと思われるお客さんたちが散見された。僕が好きな位置は上から2〜3段目。空いているところに腰をかけた。
満天の湯のサウナ室は、デフォルトの温度は「80℃」なのだが、この段数によって60〜90℃と自分の好みに合わせて蒸されることができる。正直、一番下の段はほとんど苦しさを感じない。逆に一番上の段は命の危険を感じるほどの熱地獄だ。体感105〜110℃ほどである。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/gallery/ )
サウナ室に入ってから5分ほどが経過すると、すでに満員になっているばかりか、座ることができなかった2〜3人の男性が立った状態でドア付近で蒸されていた。
そして、その時がやってきた。
時刻は19時半。スタッフと共に熱波師の男性がサウナ室の中に入ってきた。「普段はただのサラリーマンですが、ちょっとだけタオルをうまく振ることができるので……」と控え目なご挨拶。名物のオートロウリュも作動し、大量の蒸気で充満したサウナ室に熱波が送り込まれる。
先ほどの控え目な印象の通り、一つ一つの所作が丁寧なタオル捌きであった。とはいえ、送られてくる風からは内に秘めた情熱を感じる。
ただ、こちらも負けていられない。両手を挙げ、目を閉じて全身でぶつかりにいった。魂と魂の一騎討ちであった。
何度か熱波を受け、僕の体は極限状態まで蒸されていた。
「これ以上は危険だ……」
僕はハッスル熱波の終盤でサウナ室を抜け出した。すぐ脇の水風呂の水を頭から被って汗を流してから、ゆっくりと中へ沈み込む。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/gallery/ )
満天の湯の水風呂は、大人の男性8人程度が同時に入れるほどの広さであるだけではなく、肩までどっぷりと浸かることができるくらい深い。この日の水温は16.5〜17.0℃に保たれており、蒸された体がいっきに冷やされていった。
そっと目を閉じると、体が水に溶け込んでいくように感じた。聴覚が研ぎ澄まされていく。余計なノイズは遮断され、水と空気が流れる音だけが聞こえてくる。少しずつ、鼓動が高まっていく。
「今だ……!」
水風呂を出て、すぐに温かい露天風呂へと向かった(僕は水風呂と外気浴の間に入浴を挟む習慣がある)。全身を脱力させ、先ほどの湯船の縁の岩にもう一度頭を乗せる。血液が全身を駆け巡っていくのがわかった。心臓はさらに激しく鼓動する。意識せずとも呼吸は深くなっていった。徐々に視界に”もや”がかかり、焦点が定まらなくなっていく。
「いま、たぶん僕は体に良いことしてる……!」
ただ、僕にはもう一つやらねばならないことがあった。「外気浴でしょ?」と思う人もいるかもしれないが、僕が満天の湯においてフィナーレを迎えるステージは”ととのい椅子”ではないのだ。
その場所とは「うたた寝湯」である。うたた寝湯とは、畳状のシートの上を流れる温かいお湯に、仰向けに寝た状態で入浴する温浴方法だ(※店舗によって仕様は異なる)。
下半身のみ入浴する「半身浴」とは違い、うたた寝湯の場合は頭から足までの背中面のみがお湯に浸かる、半身浴であり全身浴でもあるのだ。温かいのか涼しいのかわからない、このハイブリッドな感覚が実に気持ちいい。
(満天の湯 公式サイト: https://mantennoyu.com/gallery/ )
記憶にある限り(記憶にないだけで絶対にそれ以前に体験しているのだが)、僕が初めてうたた寝湯の良さを知ったのは「綱島源泉湯けむりの庄」である。この時から僕はうたた寝湯の虜になっており、うたた寝湯を見つけては積極的に利用させていただいている。
「いま、たぶん僕は体にイケナイことしてる……!」
この日も、僕はうたた寝湯で昇天した。二項対立のちょうど中間をふわふわと漂う非日常感。右脳と左脳がどちらも思考を諦め、意識が宙に浮かんでいく。きっと「中毒性」という言葉の化身がうたた寝湯なのだろう。
悩みという悩み、ストレスというストレスが心からデトックスされていく。一生このままでいたい。宇宙と一体になった僕は、幸福感を上回る多幸感に飲み込まれていった。そっと目を閉じ、深く吸い込んだ息をゆっくりと吐き出した。
結局、僕はそれからオートロウリュ1回、ハッスル熱波2回を経て完璧にととのい、その日のサ活を締め括った。
さすが、さまざまな賞を受賞している温浴施設というだけある。実に良い夜だった。
お店を出て、ふと空を見上げてみる。すると、そこには先ほどとは違って満天の星が輝いているように見えた。もしかしたら、星は目ではなく心で見るものなのかもしれない。
「またこの場所まで、二項対立の中間を漂いに来よう」
僕はしばらく夜空を眺めていた。
(written by ナオト:@bocci_naoto)
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