エジソン最大の発明【弘善湯@三軒茶屋駅】(2/2)
三軒茶屋には気分転換を兼ねて自宅から歩いて向かうことにした。といっても、僕の自宅から三軒茶屋まではそこそこ距離があり、一般的な感覚であればとてもではないが歩いて行こうとは思えないはずの位置関係なのだが。
三軒茶屋に着いたのは19時半を少し過ぎた頃だった。このあたりには滅多に来ることはないのだけれど、街自体はとても好きだ。都会らしさと田舎らしさ、そしてメインカルチャーとサブカルチャーを兼ね備えていて、さまざまな生活レベルの人たちが行き交う様子は見ているだけで楽しくなる。
そんな街並みを横目に歩いていると、いよいよ今日の目的地が現れたのだった。
「ほぉ〜、なかなか渋いなぁ」
そう、今回訪れたのは弘善湯(こうぜんゆ)だ。弘善湯は三軒茶屋駅から徒歩10分ほどの場所にあり、その外観からは古き良き銭湯らしい雰囲気が伝わってきた。入り口の暖簾が片側に寄っているあたりにも不思議と趣を感じてしまう。
その暖簾をくぐってすぐ脇にある下駄箱に靴を預けると、ここから先は男女で分かれる設計になっていた。何が言いたいのかというと、ボッチトーキョーの連載が始まって以来の由緒ある番台式である。
つまり、このドアを開けると脱衣所に直接繋がっていて、ここで男湯と女湯を挟むようにして待機している番頭さんに入浴料の480円を支払う形式になっているのだ。令和の時代だからこその価値が、ここにあった。
※写真は女湯側
(せたがや銭湯ガイド: https://www.setagaya1010.tokyo/guide/kouzen-yu/ )
そこでお会計を済ませた僕は、脱衣所で準備を済ませてさっそく浴室の中へと足を踏み入れた。
「お〜、お風呂場もなかなか渋いぞ!」
(せたがや銭湯ガイド: https://www.setagaya1010.tokyo/guide/kouzen-yu/ )
外観から想像した通りの年季が入ったお風呂場だった。浴槽はシンプルに2つのみ。正面の壁には富士山が描かれ、左手にサウナ室が確認できた。混雑している様子はなく、快適に過ごすことができそうである。
僕はまず身を清めて、熱めのお風呂で体を温めてからいよいよサウナ室へと向かったのだが、その時事件は起こった。
ーーまさか、こんなことがあるなんて……。
想定外の事態である。サウナ室の扉には「夜8時までサウナ入れます」と書かれた貼り紙があったのだ。時計を見るとちょうど20時になったところで、これには僕も落胆の色を隠せなかった。
しかし、どうしても諦めきれなかった僕は、希望を捨てずにサウナ室の中を覗いてみた。
ーーん? いや、まだ入れるじゃないか……!
よく見るとサウナ室内の照明は消えておらず、装置は稼働を続けていたのだ。これはきっと神様が僕に与えてくれたロスタイムに違いない。そう直感した僕は、意を決して扉を開けた。
「ほぉ〜、ものすごい蒸気だ!」
そう、ここはドライサウナではなくスチームサウナなのである。4人程度が並んで座れるほどの奥行きがあり、温度は50℃前後かと思われたけれど湿度は限りなく100%に近いため、体感温度としてはそこそこ高めだ。
そして僕の目を引いたのは、なんといってもその熱蒸気を生み出している装置である。正面の柵で囲まれた空間の中では、シャワーヘッドから強烈な勢いで熱湯が降り注いでいたのだ。このスタイルのスチームサウナは初めてで、僕は衝撃を受けたのだった。
その滝のようなシャワーの音に耳を傾けながらじっとしていると、数分で体の火照りを感じ始めた。頃合いを見計らってサウナ室を出た僕は、桶にためた水を頭から何度もかぶって体を落ち着かせ、浴場の隅に置いた椅子に座って壁にもたれかかった。
「は〜……とても居心地がいいな」
大きく深呼吸をして全身を脱力させると、僕の身体に溜まっていたものが少しずつ抜けていく感覚を覚えたのだった。
そこでぼーっとしながら休んでいると、少し離れたところから話し声が聞こえてきた。ふと目をやると、頭を洗っている20代と思われる若者に、二世代ほど歳を重ねた男性が話しかけているところだった。少しだけ会話の内容が聞こえたのだけれど、どうやら二人とも常連客で、ここでたまに会っては世間話をしているようだった。
ただ、その会話はだらだらと長くは続かず、若者に話しかけていた男性は「じゃ、お先に」と言い残してすぐに去っていった。僕はその光景を眺めていて、心がとても温かくなった。これこそが地域に根付くコミュニティとしての銭湯の姿なのだろう。
弘善湯には水風呂がなく、サウナも自分を追い込めるほどのセッティングではない。しかし、これが弘善湯の個性であり、それ以上のものは必要ないのである。サウナはそれに付随する体験全てをもってして「サウナ」なのだ。
結局、その後もサウナの稼働が止まる様子はなく、僕は合計3セットほど堪能して弘善湯をあとにした。
帰り際、靴を履いて外に出ようとしたところ、片側に寄っていた暖簾はきちんと真ん中の位置に直されていた。それに気づいた僕の表情は自然と緩み、そして僕は再び自宅への長い道のりを歩き始めた。
(written by ナオト:@bocci_naoto)
YouTube「ボッチトーキョー」
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