アメンボの詩
アメンボにえなりきらざりしガガンボの死骸の浮きし風呂の中、歌ひしは早川義のアメンボの歌。ばらんばらぬになりし身体にお前はなにを思ふ。触れなばすなはち壊るる身体にお前はなにを思ふ。溺れしお前を殺しし我になにを思ふ。乳房に張り付きしお前の羽はイカロスよりも脆しのか。アメンボにならまほしき欲に負けしやその命。されど、うたてしひになれざりしイカロスといふ名の男の物語。無謀にも、強欲にも、己の力のみを信じて飛ぶ男。おなじくは飛ばば誰よりも高く飛びし男。我はいかにもいとふべからず。
ガガンボよ、ガガンボさんよ。
生きざま悪しくとも、この身滅びむとも己の欲望突き通せ。己の力を過信せよ、身の際を弁えるな、無謀なる挑みを試みよ、十日のほかになきその命、ならば溶くるまでばらんばらんになるまで燃やせ。十日のほかになきその命、誰よりも燃えけむ。誰よりも生きけむ。我らに明日はあらずべけれど、我には何故か今がある。わびしきお前の欠片を何時か大統領夫人のごとくまうけ集む。わびしな、わびし。いつか、露台に煙草を吸へるに降りこし蜘蛛に接吻せる日よりもわびしな。その蜘蛛と契りし、のちのよの物語。我が小さき絶望救ひきべく、その蜘蛛が地獄に落ちしは一筋の糸を垂らす蜘蛛に生まれうつろふといふ契り。お前ともその契りを今、交はさむ。地獄へ行くともさらに燃えぬ羽を託さむ。溺るともさらに立ちたらるる足を託さむ。その代はり、我を畜生に追ひやれ。畜生にも嫌はるる生類に生まれむ。泥水なりとて地面はひつくばひて生きむ。それをお前ら二匹は見たらなむ。その中に見つくる麗しさやわびしさを見たらなむ。それが我が夢なり。それが今にこし我が夢なり。アメンボにえなりきらざりしガガンボの死骸の浮きし風呂の中、歌ひしは香華で始まるお経。今宵はお前ためにあぐよ小さきお葬式。今日果たしし契りのため明日、明後日我は生く。アメンボといふ名のガガンボよ、安かれ。