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父との死の思い出

父とは色んな死を共有してきた。死の隣にはいつも父がいたし、父の隣にはいつも死があった。
そんな父との思い出を書きおこしてみようと思う。
 
飛んで火に入る夏の虫

最初の記憶は夏。庭で集めた沢山の落ち葉たちに火をつけてその先で揺れる陽炎を父はぼんやりみていた。私はその近くで先が丸くなった硝子のかけらたちを集めて、それが飽きたらゆらゆら揺れる陽炎を一緒に眺めたりしていた。近くの青い柿が陽炎で揺れるのを見ているときだった。柿の木にとまっている蝉に向かって一匹の虫が勢いおく突っ込みそのまま円を描くように炎の中へ2匹は消えていった。その光景をみた私は思わず父の袖を引っ張りねぇねぇと何度も呼びかける。父は私の声がまるで届いていないかのようにじっと炎を見つめてゆっくりと呟いた。「飛んで火に入る夏の虫ですね。」よくわらない言葉に思わずなぁにそれ?という私に微笑みながら言った。「そういう言葉が日本にはあるんですよ。本来は夜のはずだけど、こんなこともあるんですね。」敬語混じりの変な日本語で喋る父は熊手の柄に手をおいたままそのまましばらくじっと燃え上がる炎を見ていた。その後、父が調べたようであの虫の名前はシオヤアブだと教えてくれた。自分の身体よりも遥かに大きい蝉を襲ったシオヤアブ。彼は本当にセミを食べる気だったのだろうか?"飛んで火に入る夏の虫"私はその言葉を聞く度に炎天下の中、心中自殺のように落ちていった2匹の虫のことを思い出す。

轢かれた猫

小さな弟と父と私の3人で家の近くを散歩しているときだった。隣に住んでいる猫が道を渡ろうとしているのが見えた。思わず私は猫!と叫ぶと猫は警戒したように急いで道路へ飛び出して行った。次の瞬間猫は車に轢かれた。グッタリと横たわる猫の姿を見て思わず猫の元へ駆けつけようとするとがっしりと父に腕を掴まれていた。離してと暴れても父は離してくれなかった。どうしてと私は泣く私に父は危ないからと言った。なら、お父さんが助けてよ!そう言う私に父は何も言わなかった。道路の猫は幸いにも生きていた。後ろ足が轢かれて動けないものの猫は後ろ足を引きずりながらも歩こうとしている。そんな猫を避ける車たちに何も出来ずに見ることしか出来ない私。あと少しで歩道に着きそうな瞬間、大きなトラックが避けきれずに轢かれた猫は息絶えた。ああと声を上げる私に思わず手で顔を覆い隠されたがそんなものはなんの意味も成すことは無かった。その後、隣の家のおじさんと猫の元へ行った。おじさんは内蔵や肉で散らばった猫を両手で抱きしめるように抱えると、震える声でありがとうございますと言った。なぜありがとうございますというのか私には理解できなかった。その後母に父が猫を助けてくれなかったことを泣きながら話すと、なぜ父が助けなかったのかを説明してくれた。それでも、私はなぜ父は助けてくれなかったのか理解できなかった。

母の不在

春の終わり頃、母はいなくなった。父は疲れたから少し遠い所で休んでいるだけだと言った。それから、母からの手紙を渡された時私も母に会いたいと言うとそれは出来ないと言われた。父は何度か会いに行っていたみたいだが、私は母に会わせてもらえなかった。母は私が嫌いになったから消えたんだと言うと違うと言われたが私は信じられなかった。それから、私は母は死んだのだと思い込むようにした。生きているが会えないよりも死んでいるから会えないと考える方が私にとって楽だった。しばらくして父が母に会いに行ってもいいと言ってくれた。母は死んだと思い込んでいた私だったがこの時ばかりは喜んだ。母は生き返ったのだ。丘の上の病院へ着くと病室へと案内された。扉を開けるとそこにはベットに座る母がいた。以前よりも痩せ細り青白い母は「ボーちゃん」と私の名前を呼んだが私は動かなかった。父が私の背中を軽く押すが足は固く動かない。そこにいる母は私の知る母ではなかった。本当の母は身体を残して死んでいた。

 因果応報

家で飼っていた猫が急に居なくなった。近所中いくら探し回っても猫は見つかることは無かった。しばらくして、近所でお世話になっていたおばさんがお宅で飼っていた三毛猫を山に捨てたかもしれないと言い出した。理由を聞くと罠に引っかかったうちの猫を野良猫かと思って山に捨てたらしい。何度か家に遊びに来て顔を見た事あるのにも関わらずそんなことをしたおばさんをわたしは許すことが出来なかった。その話を聞いて何も言えず涙を浮かべていると、別の三毛猫を探すからと言われて私は抑えようのない憎しみに包まれた。それからしばらくしても悲しみも憎しみも消えることは無かった。2ヶ月後、そのおばさんにガンが見つかったと母から聞いた。私は思わず因果応報やと言うと母からやめなさいと言われた。その半年後、おばさんは亡くなった。お通夜はあんたちゃんと出なさいと言われて仕方なく喪服を着た私はおばさんの家へと向かった。いつも遊んでくれたお兄ちゃん3人と大好きなお姉ちゃんがおばさんの前で下を向いて泣いていた。白装束を着たおばさんは面影が分からなくなるくらいにやせ細っていて思わず目を逸らしたくなった。法衣をまとった父が遅れてやってきて、念仏を唱えた。横になったおばさんの顔が見れなくて私はずっと畳の網目を見つめていた。最後の戒名をいうところで父の震える声が聞こえてきた。父の方を見つめると大きい涙が1粒落ちていき、それを見た私も大粒の涙を零した。猫を捨てたことに関しておばさんを許すことは出来ないように、死を目の前にした時におばさんを憎むことはもう出来なくなっていた。

毎日のように酒を浴びる父はそう長生きしないだろう。それでも、父じゃない死の思い出をこれからも共有していきたい。私のエゴでもあなたにはもう少し生きていて欲しい、そう思ってる。


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