試し読み:『スマートシティとキノコとブッダ』
2024年9月19日発売の新刊『スマートシティとキノコとブッダ 人間中心「ではない」デザインの思考法』より、序章の一部をご紹介します。
一見よくわからないタイトルの本ですが、以下を読むと非常に明確です。この世界の新しい捉えを得たい人、思考のアップデートを図りたい人に、おすすめの一冊です。
発見的・開眼的に創造する
テクノロジーの急速な進化や地球環境の変動、止まない戦争や地域格差など、複雑で予測しにくい大きな課題が私たちの未来を左右しています。持続可能性、グローバリティとローカリティのバランス、経済格差やウェルビーイングのあり方など、多くの課題が私たちを取り巻くなかで、この本を書いている最中にも(人工知能)やロボットが世界をどんどん変えていこうとしています。人間が作り出したテクノロジーが人間の想像力を超えた変化を引き起こそうとしているなかでは、人類というスケールだけでなく、個人というスケールでも、どうやって生き抜いていくかを考える必要があるでしょう。
この本では、そのために自分の身のまわりの世界は豊かなのだと気づく智慧(*1)と創造力を掴むための思考法、そうした思考によって世界を新たに捉え直すためのさまざまな人たちとの対話、そうした思考によって世界を新たに紡いでいくデザインの事例、そしてそれを体得するための課題を紹介します。
その思考法を端的に表すと、
◉今ここ、目の前にあるモノやコトの価値を新たに見出し(発見的)、
◉その価値を別のところへ結びつけ、さらなる価値を生み出す(開眼的)
ことです。
この本で取り扱おうとしているのは、相反する考えを合一(*2)させる「東洋的思考」に基づいた創造力です。「それはAか? Bか?」と分別しようとする二元論的な考えではなく、「AでもありBでもある、そしてそれでいてAでもBでもない」といった禅問答に答えるような「無分別智」による思考です。それは既存の枠組みや自分の固定観念を外して、新たな思考の枠組みとしてアイデアを作り出すことでもあります。
身近なところで言えば、お母さんが冷蔵庫にある材料でつくるあり合わせの料理、キャンプ場や野原でたまたま見つけた木や石を使った小さな工夫のようなものです。そしてさらに、人類学的な言い方であれば「野生の思考」や「ブリコラージュ」、思考法的な言い方であれば「等価変換」や「エフェクチュエーション」、デザイン的な言い方であれば「予期せぬ発見」や「他力美」「見立て」、モノづくり的な言い方であれば「ハック」や「ティンカリング」に通じています。
こうした力を発揮することは、不確実な時代に起きる変化のすべてを予想はできなくとも、多くの矛盾を受け入れながら、自然からの恵みに感謝を忘れず、何とか生きていくための工夫やアイデアを出していくことにつながるはずです(*3)。
本書には、「スマートシティとキノコとブッダ」と名付けたプロジェクトとして行ったさまざまな分野の方々との対話が収められています。近代的な都市を「食糧生産に従事しない人間を含む人間の集団が一定の場所に生活するための人工環境」「自然の成長曲線を離れて増加する人間の集団が生活するための装置」と考えると、都市は交通技術、情報通信技術、エネルギー技術の集合体と捉えることができます。スマートシティは都市を構成するそうした技術をデジタルな技術でさらに拡張して接続し、利便性を高めつつ、持続可能性やウェルビーイング等の社会課題を解決しようとするものです。そして近い未来には、そうした技術の集合体に自動運転車ややロボット等の機械知能が加わり、新たな人工環境としてのスマートシティが現れることでしょう。
そうした環境はどのようにデザインされ、人々にどのように生きられていくのか。そしてそのなかで、どのような身体性とどのような知性が引き出され、新しい人間がどのように生成されていくのか。ひいてはどのような知性を発揮すべきか。そうした問いを立てながらさまざまな分野の方々と対話を行うことで、このプロジェクトが私たちを新たな場所へ導いてくれる思考のビークルとなることを目指しました。
プロジェクトのタイトルの単語の組み合わせは聞いたことがないような並びかもしれませんが、人工環境としての文明的な都市の中で生きる私たちの近代的な思考を意識的に相対化すべく、
◉人類とは異なる知性の象徴としてのキノコ(菌類)
◉人類を超越した知性の象徴としてのブッダ
を参照し、知のあり方・知性という視座からさまざまなものごとを無分別しようとしました。異なる特性やスケールを備えた知性との対話・応答という視点から、人間だけが思考するという世界観から脱却しながら、やロボットが道具としてだけでなく他者や他種として私たちを取り囲むであろうこれからのスマートシティが引き出す知性の可能性について議論してきました。
本書は、その議論を通して筆者らが大事だと考えるようになった「発見的で開眼的な創造性」、そうした創造性が発揮されていると考えるデザインの実例、そしてそれを身に付けるための練習課題を紹介していきます。
*1 仏教用語としては、物事をありのままに把握し真理を見極める認識力を指します。私たちが悟りを得るために実践すべき六波羅蜜(布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧)の1つ。
*2 2つ以上のものが合わさって、ひとつにまとまること、一体になること、ひとつに合わせること。
*3 智慧を身につけることは、判断力や認識力としての知恵を増やしながら人格も高めていくことでもある、という意味では、創造を通した修養や自己形成(self-cultivation)とも言えるでしょう。
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