仁
突然書いて突然終わるものたち
初めまして。 仁(いに) です。 頭の中を整理するためにnoteを始めました。 最近になって、中身が詰まってると思っていた自分が、実は空っぽだったことに気付きました。 正確には、空っぽなことに気付きたくなくてずっと見て見ぬフリをしていたけれど、斜めくらいから向き合い始めることができました。(正面から向き合う勇気はまだないです。) ここには、どうにかこうにか かき集めて、抱きしめて、ぎゅっと固めて並べたものたちを置いています。 余白の美しさも愛しているけど、 空っぽが
ポッキーの日だと気付いたのは昼だった。 何をしたのかわからないまま今日を終えそうになっている。 幸せになっていいんだよ、と言われた。 まるで今が不幸みたいじゃないか、と言いかけ、反論するのも面倒になり口をつぐんだ。 ずっと一緒にいられないことを、なんとなく、でも確かに、お互いが思っている節があると、今日、確信した。 相手が想像する未来に私はいない。 私が想像する未来に相手はいない。 明言したわけではない。 でも、おそらく。 どうでもいいときは意見が合わないのに、
願掛け 髪を伸ばしている。 小中高と、校則がありそれを守ること、部活の時に邪魔にならないように機能性を重視した結果、漠然と髪を伸ばしていた。 大学。髪型を自由にできると気が付いたとき、胸の下まであった髪を切った。 ベリーショートまではいかないが、とても短くなった。 「髪を切ってもいい」 当然だと思うだろう。 でも、私にとっては大きな発見だった。 誰にうかがうでもなく、何に縛られるでもなく、自由であることを許されたような気がした。 そこから髪型をたくさん変えた。 髪
とても縁起が良さそうな日付だ。 それなのに、元気が出ない。 原因不明のメンタルの不調に自分でも驚いている。 ずっと救われたいと思っている。 何からかはわからない ただ救われたい
8月が終わった。 ひっそりと「人に会おうチャレンジ」を実施していたので、その結果をまとめてみる。 1.「人に会おうチャレンジ」とは 読んで字の如く、たくさん人に会おう!という試み。「たくさんの人に会う」ことが目的なので、制約も特に設けなかった。決めたのは以下の2点のみ。 期間 : 8/1〜8/31 対象 : 普段のコミュニティ(研究室とバイト先)の人以外 条件 : ご飯を食べる or 1時間以上話す 2.実施背景 背景、とか書いてはみたものの、そんな
いまさらのことを書く。 夜、海に行った。 友人と花火をするのだ。 -お盆を過ぎたら、海や川には近づくな。"連れてかれる"から。 母は昔から口を酸っぱくしてそう言った。 お盆を過ぎてはいないだろうという、なんとも言えないこじつけをして、8/14の夜、海に向かう。 コンビニで売られているファミリーパックの花火を買っていった。 2人きりの花火にしては量が多いかと思ったが、それは杞憂だったとこのあとすぐに判明する。 車で20分ほど走ったところに海がある。 なるほど、みんな
夕方から広場でイベントがあった。 アルバイト先のカフェがそこへ出店するので、私も一緒に参加した。 屋外イベントももう10回ほど参加しているだろうか。 なかなかサマになってきたところだ。 お祭りごとは好きだ。 たくさんのお店が公園に出店していて、所狭しと並んでいる。 小さい子が、お母さんと一緒にジュースを飲んでいる。 みんな笑顔で、みんな楽しそうで。 こういうとき、私たちは集団なのだと再認識する。 ちゃんと一つの共同体なんだなと。 まだ暑さが残る16時に始まり、風が
『愛するということ』が届いた。 買った記憶がなく、不思議に思って履歴を見たところ、どうやら数日前のメンタルが落ち込んだ自分が買っていたらしい。 たしかに午前4時は夢現だ。 自分ならやりかねない。 せっかく届いたので読み始めることにした。 まだ読み始めたばかりだけど、もう頭が痛い。 ついでに心も痛い。 小学生のころは無邪気に読むことができた哲学書が、大人になると牙を剥いてくる。 最近の自分が哲学書を避けていた理由の一つがこの痛みなんじゃないかと思う。 読了したとき
暑い。 夏本番、太陽が本領発揮中だ。 爽やかな風でも吹けばいいけどそれもない。 でも雲はいいなと思う。 もくもくの、大きな入道雲。 あれを見ると、その下の嵐を想像する。生温い雨にもみくちゃにされるのはどんなに甘美だろう。 雨に濡れるのが好きだ。 友達が引っ越した。地元に戻るそうだ。 私たち大学4年生にしては、ちょっと早い気はするが、そういうこともあるだろう。 私の家と友達の家はとても近い。なんなら最寄りのバス停までの道すがらにある。 通るたびに、友達の部屋の辺りをぼ
つい先日、友達が言った。 「待つ時間があることで、その後に達成される行為の幸福度を増大させるのではないか」 もっと難しいことも言っていた。 祈ることは待つことだ。世界宗教で考えると、祈るタイミングは、朝起きた後、ご飯を食べる、夜眠る前など、人間の生理的な欲求を達成する前にくる。 それって、当たり前を当たり前でなくすための仕組みで、幸福を幸福と感じることができるようになってるんじゃないか。 みたいな。 たとえば、ご飯を食べる前に「いただきます」と言うと、ご飯を食べられるあ
ステージに立ったはいいけれど、歌詞は飛び、音は外し、とても申し訳ないことになってしまった。 組んでくれたみんなごめん。 別れたというのに、私たちはしばらく同じ家に住み続けた。 気まずくて、友達の家に逃げることが増えた。 朝方に帰って、すぐに大学に行くようにした。 元・恋人はすごく寂しそうだった。 でも、振ったのは貴方だから。 帰省していた1週間、全く連絡くれなかったのも貴方だから。 私の最後の歩み寄りを無碍にしたのも貴方だから。 あれから随分時間が経った。 時間が解決し
深夜23時23分、断捨離をすることにした。 手始めは冬服だった。 この冬1回も登場しなかった服たちを、スッパリと手放すのだ。 そう決めてクローゼットとチェストを開け、軽く掃除機をかけたカーペットの上に冬服たちを並べていく。 別段意識したことはなかったが、私は服が好きなんだと思う。 床に並んだ服の量がそれを物語ってる気がした。 総数は、アウター4着、カーディガン5着、セーター3着、パーカー2着、あとはインナーにしている黒いハイネックのセーターが3着と、色違いのが2着。パ
「理論とは、世界を理解するのに役立つ概念間の関係を抽象的に表したものである」 私の好きな言葉です。 恋人を消滅させて研究を始めて以来、理論とか定義とかフレームとか課題とか概念とか、それこそ研究とか、いままでふんわりとしか理解(これもだ)できてなかった言葉が、私の周りを飛び交いはじめました。 これはなんのことだ 何を問われているんだ 何を求められているんだ 考えるたびに言葉の輪郭が崩れてはまた作られて、これまで自分がどれだけ不正確な言葉をつかっていたかを突きつけられてい
さて、骨なしチキン野郎がどうなったのか。 結論から言うと、別れました。 しかもとても呆気なく。 別れることが決まった日は、私は2時間後にライブ(出演側)、元恋人は1時間後に新幹線に乗って帰省、というタイミングが悪すぎる日でした。 前々日の夜、恋人は合コンを主催し開催していました。 意味がわかりません。 もう別れてたっけ?と思って尋ねても、「別れてないよ」と言われるだけ。 事実は小説よりも奇なり。 なんのつもりで生きているのかわからない恋人に剛を煮やし、「付き合う
先日、尊敬している大好きな先輩と、2時間ほど電車に揺られる時間がありました。 いつも話が(というか感性とかフィーリング?)が合う人で、今日はなんの話をしようかとワクワクしていました。 本日の議題は「言葉の使い方」 例えば、「気を"使う"」「"永遠"と」「代替"だいがえ"」「う"る"覚え」「…」とか。 上記は全て誤用であり、正しくは「気を遣う」「延々と」「代替(だいたい)」「うろ覚え」「……」です。 正しいものがあるのに、正しくない方を選ぶという「言葉選び」が下手な人
そんなこんなで恋人は消えました。 しかし正確にはまだ完全消滅していません。 私たちはまだ別れていないのです。 私の中で恋人は消えました。でも「恋人契約」を解消してはないのです。 なぜ別れていないかのお話の前に、「研究と俺どっちが大事なの?」についてもう少し。 天秤の両翼 研究を始める前の私は、普通の大学生でした。 単位は取れればOKで、毎日バイト三昧。コロナ禍真っ只中というご時世とも相まって、ほとんどをバイト先か家で過ごしていました。 朝はゆっくり起き、朝ごはん