未来を見通すためのシナリオプランニングをやってみたら、想像以上の未来が見えてきた
BMIAでは、ビジネスモデルコンサルタントのスキルの一つとして、シナリオ・プランニング手法をあげている。もともとシェル石油が経営戦略をたてるうえで活用してきた手法で、1970年代のオイルショックという事態を予見し過剰な投資を抑制したことで、大きな成功を収めたことで有名だ。
このシナリオ・プランニングの手法は、当時は想定外の未来に向けて「備える」という意味合いが強かった。「中東の原油産油国が生産抑制したらどうなるだろうか」というシナリオは、今でこそ歴史上の事実として誰もが当たり前のものと思っているが、当時はそうではなかった。右肩上がりに増え続ける原油消費量に対応するために、原油生産量も増やし続け、それに対応する精製設備等が欠かせないというのが常識だったのだ。そうした常識を疑い、万が一の事態が起こったときにどう対応するのかを考えるのがシナリオ・プランニングに期待された効果であった。
しかし今や、ただ受動的に備えるだけでなく、「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」というアラン・ケイの言葉さながら、そのシナリオにおいてどのような未来を作り出したいのかということに力点が置かれるようになった。人間とそれを取り巻く環境との関係が、相互依存的なものとして捉えられるようになってきたのである。環境が主体を変え、また主体が環境を変えていくのである。
先週末、大学の授業でシナリオ・プランニングを行った。VR/ARはまだ普及しておらず、ごく少数のイノベーターと呼ばれるようなユーザーが活用しているにとどまっている。少し前までは、誰もがVRゴーグルを付けてエンターテイメントを楽しんでいる世界が来るとはなかなか想像しづらかったし、ましてやその体験に満足して外に移動しなくなるとは思いもよらなかった。ところがコロナ禍がその印象を大きく変えた。VRの魅力だけでなく、伝染病などのさまざまな要因が組み合わさって、「人々が移動しない未来」が現実的なシナリオのひとつとして、認識されるようになった。
授業では、自動車会社の経営企画部の社員となった想定で、家電メーカーとの提携の是非を、シナリオ・プランニングによって検討した。自動車のセンサー技術は現状、事故防止のため外側に向けられているが、それがむしろ内向きに、ドライバーの状態を認識するために使われるようになる。マンマシンインターフェースの新しい未来を切りひらいていく役割を、自動車が担う可能性が見えてきた。そこで浮かび上がってきたのは、「そこでどんな未来を発明したいか」という主体的な問いだった。
未来というのは、今と変わらない部分をもちつつ、ある部分では極端に変化していくところがある。1970年代に描かれた未来予想図では車が空を飛んでいるがそんなことはなく、ワイパーの形もほとんどかわっていない。一方で、インターネット上でこれほどまでの情報の行き来が起こっていることは、想像もできなかった。
シナリオ・プランニングは、そうした変わらない未来とすっかり変わってしまった未来の振り幅を体感し、そこで何をなすべきか自らに問いかけるためのものなのだ。
小山龍介
一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会 代表理事
京都大学文学部哲学科美学美術史卒業。大手広告代理店勤務を経て、米国MBAを取得。松竹株式会社にて歌舞伎をテーマにした新規事業立ち上げに従事。2010年、株式会社ブルームコンセプトを設立し、現職。メンバーの自発性を引き出す、確度の高いイノベーションプロセスに定評がある。翻訳を手がけた『ビジネスモデル・ジェネレーション』で紹介したビジネスモデル・キャンバスは、多くの企業で新規事業を考えるためのフレームワークとして採用されている。
2015年より名古屋商科大学ビジネススクール准教授。2014年には一般社団法人ビジネスモデルイノベーション協会を立ち上げ、2020年からは亀岡市で芸術を使った地域活性化に取り組む一般社団法人きりぶえの立ち上げにも携わるなど、アートとビジネスの境界領域での実践を進めている。
著書に『IDEA HACKS!』『TIME HACKS!』などのハックシリーズ。訳書に『ビジネスモデル・ジェネレーション』など。著書20冊、累計50万部を超える。
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