工学部におけるビジネス教育とシステム論
毎年実施している工学部向けのデザイン思考教育の、今日は二日目。前回、デザイン思考を用いて考えた事業案について、ビジネスモデル・キャンバスを活用してビジネスを構想するプログラムだ。
ビジネス系の受講者と工学部の受講者では、やや教え方も異なる。工学部の学生に対しては、ビジネスモデルをより、ある種の機械工学的に教えるというか、さまざまな要素が連動して動くひとつのシステムとして伝えることを意識している。
多くのビジネスモデル教育が、基本的にビジネスモデルのパターンを教えるにとどまっているのに対して、私のプログラムはパターン認識にとどまらない、ダイナミックなシステムとしてビジネス設計に力点をおいている。たとえば、販売を直販に変えることによって、価値提案やリソース、収益の流れなどに大きなインパクトを与え、ビジネスモデル全体がルービックキューブのように変化していく。要素間の連携にこそ、ビジネスモデル設計の要諦があるのだ。
ビジネスモデルは固定的なものではなく、外部の影響を受けながら、日々変化している。コントロールできるところもあれば、たとえばウクライナ戦争による小麦の高騰や、顧客ニーズの変化など、コントロールができないけれども大きなインパクトをもたらすが初環境変化もある。ビジネスモデルは、そうした環境と相即するなかで生成変化していくのである。この点で、ビジネスモデルを固定的でスタティックなものとして捉えるアプローチ(たとえば「ビジネスモデルには10パターンあります」的な)は、正直退屈だ。そういう「知識」に矮小化するべきではない。
ビジネスモデルは、まずは構造であり、その構造のもと、さまざまな意匠のビジネスが成り立つ。意匠は多様にあるが、一方で、たとえば飲食店を成り立たせるビジネスモデルには一定のパターンがあるのは間違いない。しかし、ビジネスモデル構造はビジネスの意匠と切り離して議論できるものでもない。
鉄筋コンクリートの表面に木の棒をたくさん貼り付けて、和っぽい建築を作って納品、というのであれば別だが、意匠と構造の必然的な対応を模索することで、より調和した事業となるはずである。京都駅の、空にまで続きそうなエスカレーターや近くのビルよりも高い天井という意匠は強烈な印象を残すが、それはそうした構造あってこその意匠なのだ。
しかもそうした意匠は、その地域に固有の文脈を押さえた、いわゆるサイトスペシフィックなものになるはずだ。京都駅が急に、北海道の富良野に登場したらおかしなことになる。そう考えると、スタティックなビジネスデザインアプローチは、建売住宅を並べてカタログ販売するようなものだろう。
さて、冒頭の話に戻ろう。工学部におけるビジネス教育、特にビジネスモデルの教育は、こうしたパターンに陥ってはいけない。ビジネス系学生であれば、その知識はいくばくか役に立つかもしれないが、工学部の学生にとっては、そうした知識よりもむしろ、そこで動いている構造と意匠のダイナミックな関係にこそ、フォーカスして伝えていくべきなのである。
こうした教育の背後には、工学部学生が持つ「構造的な思考能力」を活用するという意図もある。工学的な問題解決に長けた彼らだからこそ、複雑なシステムを設計し、最適化し、改善するという能力を、ビジネスの世界にも応用できる可能性が高い。たとえば、製品設計におけるモジュール化の概念を、ビジネスモデル設計に転用することで、柔軟性とスケーラビリティを両立させるようなアプローチを考えることができる。
さらに先に進めるなら、複雑系のパラダイムにもとづいてビジネスモデルを捉えるべきなのである。従来のパラダイムが、機械論的で直線的な因果関係を重視するのに対して、複雑系のパラダイムでは、非線形性、相互作用、多様性が重視される。ビジネスモデルを単なる要素の集合としてではなく、時間とともに進化する自己組織化のシステムとして捉えることで、より柔軟で適応的な思考が可能になるのだ。そしてその先にはもちろん、エコシステム型のオートポイエーシス・システムとしてビジネスモデルがあるが、それは応用編で、ということで。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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小山龍介のビジネスモデルノート
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