TikTokが流行する理由と南方曼荼羅
今日のNUCBの『Business Model Design』では、いつもの通り、現象の背後にある構造を捉えることの重要性から授業に入った。そのことを理解するために、まず流行しているものを聞いて、その流行の背景にある構造を議論するという即興的なケースディスカッションをするのである。今回は、TikTokを取り上げた。
ビジネスモデルというのは、あくまでモデルであり、構造設計である。今、成功しているビジネスという現象の背後にどのような構造があるのか。また、設計した構造からどのような現象としてのビジネスが生まれるのか。現象と構造との往還に、Business Model Designの要諦がある。ビジネスモデルと実際のビジネスとの間にあるズレが把握できていなければ、ビジネスモデル思考は成り立たない。
そういうこともあって、TikTok現象の背景にある構造について、クラス討議を行った。まずでたのが、ショート動画が求められる現代のライフスタイルである。毎日、細切れの時間が積み重なる生活の中では、長時間の動画をゆっくり堪能する暇はいよいよなくなっていく。生活構造の変化が、TikTokの流行を支えているというのは、ごく自然な指摘だろう。
続いて、ユーザーによるコンテンツ生成というメディア構造の変化が指摘された。大手コンテンツ会社がコンテンツを作り、ユーザーはただ消費するだけどいう一方通行のメディアではなく、ユーザー自身がコンテンツを作っていく、いわば参加型メディアである。インターネットの黎明期から、User Generate Content(UGC)は注目されてきたが、AIによるサポートなどが加わり、より手軽に魅力的なコンテンツを個人が作れるようになった。さらに、ページビューをベースに広告収入が得られるようなエコシステムまで生まれ、ほぼ無尽蔵にコンテンツが生成されるメディアとなった。
三点目は、テクノロジー構造だ。これには複数のレイヤーでの革新がある。ひとつは、動画を手元のデバイスで楽しんだり、動画を作成できたりするスマートフォンの登場。そして、その動画流通を支えるモバイルインターネットのインフラの普及。さらに、膨大な視聴履歴に基づいて適切なリコメンデーションを行う機械学習の発達。さまざまなテクノロジーが組み合わさってTikTokの流行を生み出した。
ものの数分の議論だったが、そのなかでも多面的に、そして立体的な構造の議論を行うことができた。この文章を書くときにも意識しているのは、こうした構造の意識だ。通常、ロジックというと、たとえば三段論法のように、直線的な論理展開だ。人は死ぬ、ソクラテスは人である、だからソクラテスは死ぬ、という三段論法が典型的だ。しかし、この論法で議論できる領域は限られている。◯◯すれば、アプリはヒットする、なんていう甘い話はない。
実際には、こうした直線的論理展開が複数組み合わさって、多面的で立体的な構造的ロジックによって、ビジネスは成り立っている。9つのブロックからなるビジネスモデルキャンバスは、そうした立体的ビジネスロジックを可視化する、汎用性の高いフレームワークと考えていいだろう。こうした構造的ロジックこそが、ビジネスに求められる本来の「ロジカルシンキング」だ。
旧来のロジカルシンキングでは、たとえばMECEが重宝されてきた。MECEとは、「Mutually Exclusive and Collectively Exhaustive」の頭文字を取った言葉で、「漏れなく、ダブりなく」という意味だ。この方法は、課題を「探す」のには使えるが、実は課題の解決には役立たない。「売上」は確かに、「客単価」と「客数」をかけ合わせたものであり、売上が低迷しているのは客数の低迷に原因があるということはわかるかもしれない。しかし、その客数がなぜ低迷していて、それを増やすにはどうしたらよいかという解決方法を、MECEを使って見つけることはできない。その原因は複雑だからだ。
このことを真正面から指摘したのがシーナ・アイエンガーの『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法』だ。彼女は、サブ課題に分解するという方法を提示しているが、私からすると、それも十分ではないように思う。本の中では、サブ課題に分解して解決した例がさまざま提示されているが、実際の世の中は、そのサブ課題同士が複雑に絡み合い、ひとつを解決しても、そのことによって別のサブ課題が生み出されるような複雑系を形成する。
たとえば、アイエンガーはアイスクリームが庶民の食べ物となったイノベーションについて次のように紹介する。「アイスクリームを庶民にも手が届くようにするには?」という課題を、4つのサブ課題に分解し、それを解決することでイノベーションが起こったというのだ。
たしかにアイスクリームの製造という、物理法則の支配する領域であれば、これらのサブ課題へときれいに分解されよう。しかし実際のビジネスの領域では、「アイスクリームを庶民が買ってくれるようにするには?」という漠然とした課題があり、そのサブ課題には、「太るのが嫌だ。太らないアイスを作るには?」みたいなものと並列に、「クリーミーで口当たりでリッチな気分になるアイスにするには?(そうすると、カロリーが高くなるのだが)」という、さまざまなトレードオフが随所にでてくる。
複雑なことを、シンプルに分解しようとするという意味では、アイエンガーもまたMECEと同じことに取り組んでいる。そんなに軽率に分解してはだめなのだ。むしろ、分解せずに、互いの影響関係を把握したまま、システム全体を把握して、南方熊楠のいう萃点を探すようにしなければならない。熊楠は、彼の考える仏教的世界観を「南方曼荼羅」という落書きのような図に表した。そこには、「サブ課題に分解」などというアプローチは微塵もでてこない。ビジネスモデルで議論しようとしている構造とは、この南方曼荼羅に近いものなのである。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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小山龍介のビジネスモデルノート
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