暗黙知の次元から提案する
北海道は、本州に比べてだいぶ、涼しくなってきている。朝晩は半袖では少し肌寒いほどで、それでも地元の人は、普段よりも暑いのだという。そんな北海道で進めているのが、信用金庫との共同プロジェクトだ。
きっかけは、今年の四月、なんと札幌在住の学生が名古屋商科大学に入学したことだ。毎週末に札幌から東京へと出張する行動力は、それだけですごいのだけど、彼女はさらに事業構想ネットワークに入ってプロジェクトを行いたいのだという。それが、この信金プロジェクトだ。
北海道の信金プロジェクト
北海道の信金に注目したきっかけは、札幌にある道内の信用金庫の支店には客がいなくていつもガラガラであることへの、強い違和感だった。信用金庫は地域の相互扶助を目的とした組織で、地域を限定して営業活動をしている。しかし、政令指定都市である札幌には支店を出して営業ができる。地域が地盤沈下する中、多くの信用金庫が札幌に出店し、活路を見出そうとしている。しかし、それが本当に信金にとってよいことなのだろうか。彼女の違和感は、信用金庫の本質をついたものだった。
このプロジェクトの立ち上がりは早かった。早々に9月5〜8日の札幌ツアーが決定し、平日は信用金庫のアポを取り、土日には北海道のフィールドワークを行うことになった。そしてその学生は、飛び込みで五行の信金のアポを取り付けた。何を提案するのか確定していない段階だったが、それでもアポが取れたのは、奇跡的だった。
具体的提案のもつ力
この9月のアポをどのように位置づけるかということについては、メンバーの中でイメージが分かれていた。まず名刺交換をして困っていることをヒアリングする、という意見もあったが、直感的に、それではスピード感に欠けるし、本気度も伝わらない。信頼関係のない中で悩みを聞いても、本音は聞き出せないだろう。だいたい、悩みは共通していて推測は難しくないのだから、より具体的な提案をすべきだ。それが私の考えだった。
結果的にそれは奏功した。具体的なアイデアを前に、一行との打ち合わせではかなり具体的な話が進んだ。2週間後には二回目の打ち合わせが設定され、3月にはフィールドワークを行うことも決定した。これは、提案の力だ。「困っていることはなんですか?」というヒアリングから始めたのであれば、展開はまったく違っただろう。
課題への想像力とふたつの誤謬
ヒアリングしないとわからない、というマインドセットには2つの誤謬がある。ひとつは、ヒアリングしなくても想像力を働かせれば、課題は相当、把握することが可能であるということだ。
少子高齢化が進み、地域の経済的な体力が落ちているなかで、その相互扶助組織である信用金庫もまた、多くの課題を抱えている。そのなかで提供すべきことは、金融機能だけでなく、総合的な事業支援である。そのノウハウ、人的リソースは、どこだって喉から手が出るほどほしいだろう。
もうひとつの誤謬は、ヒアリングをすれば課題を教えてもらえるというものだ。信頼関係のない中では教えてもらえないし、またクライアント自身がその課題を認識しているかどうかという問題もある。課題の本質は、実は当事者にもわかっていないことも多い。聞いたところで、そこからやはり想像するプロセスが必要になる。
結局のところ、仮説を持たないまま行われるヒアリングは、単なる思考停止なのだ。「なぜ我々のことをここまでわかっているんですか」と言われるほどの提案を、まず作ってしまう。その仮説があたったらそれでいいし、外れてもそこからスタートできる。
仮説の源泉
この仮説は、ロジックだけでは導くことが難しい。ロジックは基本的に、課題の分析には力を発揮するものの、解決を導くには十分ではないからだ。
たとえば、「さらなる収益をあげないといけない」という課題は、「売上を上げる」「コストを下げる」という課題に分解できる。これはさらに、客単価や客数などに分解していくことができるが、これを突き詰めても、解決策にはたどり着かない。「客単価を上げればよい」ということがわかったとしても、どうやって客単価を上げるかということについては、何も語っていない。
もし、「客単価を上げる」という問題の細分化をした段階で解決策が見えるのであれば、その課題は単純なものだったのだといえよう。しかし、世の中の問題は複雑で、客単価を上げることはたやすくない。価格を上げれば購入数が減って、客単価が逆に下がるということもある。さまざまなトレードオフを勘案して導く必要があるのだ。
そのため、解決策を導くためには、この課題全体を受け入れて、その課題の本質がどこにあるかを探索しつつ、解決策を直感的に導き出すことが重要だ。このときの直感は、ロジックで切り捨てられた部分をすくいとるものである。
暗黙のうちに知ってしまう知のはたらき
このような直感による判断を、マイケル・ポランニーは暗黙知と呼んだ。ポランニーの暗黙知は、「言葉にできない技術」という意味ではなく、Tacit Knowing、すなわち暗黙のうちに知ってしまう能力のことを指していた。これが、ノーベル賞受賞級の研究を数々行っていたポランニーが、自身の研究の秘密を自己分析してたどり着いた結論だった。
ポランニーは書籍のタイトルに『暗黙知の次元(The Tacit Dimension)』と名付けた。もうひとつ別の次元に、この暗黙知のはたらきは存在する。今回のプロジェクトのように不透明な状況においては、こうした暗黙知の活用が欠かせないように思う。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授