台湾の文化保護はなぜ困難か
10年以上前になるが、上海に出張に行ったときに、いわゆる古民家がどんどん壊されて再開発が進んでいる様子を見て心底驚いた。古い町並みと新しい町並みははっきり分かれていて、昔の痕跡がまるで消しゴムで消されるようにしてなくなっていくのを目の当たりにした。日本でもそうした再開発は行われるが、そこに躊躇がないように思えた。いわゆる発展を遂げている国の勢いもあったのだろう。
黃さんとの再会
今回、台湾旅行の最終日は、黃騰威さんにお会いし食事をする機会を得た。黃さんは、台湾の伝統的な米のお菓子の調理法を教える料理教室「雙口呂文化廚房」を運営している。
本来は、黃さんのところにも訪問する予定でいたのだが、台東までぐるっと台湾を一周する旅程ではどうしても時間が取れず、食事だけということになった。黃さんも、先日の林書豪さんと同様、5月に亀岡にきた視察団のメンバーで、そこでのご縁だ。視察の際には話せなかった深い話で盛り上がった。
まず、台湾でもやはり古い建物を残したり、黃さんが取り組んでいるような食文化を後世に伝えていくことが、非常に難しいということ。私が上海で見たように、台湾でも古いものを残すことは、苦労を伴うのだという。黃さんが取り組んでいる伝統食も、急速に失われつつあるのだという。そうした黃さんから見れば、日本は古いものを残そうとする意識が高い国に見えるそうだ。
「革命」思想の影響
まず思ったのが、中国における伝統的な「革命」思想の影響だ。古い支配者から新しい支配者に変わるとき、天命が新しい支配者へと受け継がれる。そのとき、古い支配者の文化は正当性を失ってしまう。秦の始皇帝が行った焚書坑儒は、その一例だろう。秦の支配に不都合となる儒教はじめとした思想書を焼き、儒者460人あまりを生き埋めにして虐殺したと言われている。また、中国で行われた文化大革命も文化的破壊の一例だ。
日本でも、もちろんそうした文化破壊は行われてきたが、中国ほど徹底したものではなかった。これは、中国のような大きな革命が起こらなかったということもあるが、支配者としての権威に、ある種の継続性があったからでもあろう。鎌倉時代から江戸時代まで、時の権力者は「征夷大将軍」と名乗ることが多かったわけだが、これは坂上田村麻呂が平安時代に天皇から与えられた職位であった。過去の伝統を背景に、その後継者というかたちで権威を示した。断絶ではなく承継。これが日本の支配者の思想であったと言うことはいえよう。
拝金主義的な文化
黃さんにそのことを聞いたら、それよりもむしろ、拝金主義的な部分が強く影響しているのだという。中国の文化ではお金が非常に重要で、たとえば葬式でも、死者が死後の世界でお金に困らないよう、お金に模した紙を焼く。「天国には持っていけない」と言われるお金も、中国の風習では、ちゃんと持っていけるのである。
黃さんの仕事の意義も、なかなか理解されないらしい。もっと給料のよい仕事があるのに、なぜこのような儲からないことをやるのか。日本でもそうしたことを親や親類から言われることはあるが、黃さんのニュアンスでは、台湾はさらにその傾向が強いという。
思い出すのが、韓国の話だ。中国に近い国であればあるほど、いわゆる科挙の制度が実際に行われ、そこでは試験で高い点数を取った人が成功するという強固なメンタルモデルが引き継がれている。韓国もその例外ではなく、日本以上の過酷な受験地獄で知られている。そうした価値観においては、職人に対するリスペクトが育たないという話を聞いた。
職人へのリスペクト
日本には何百年も続く職人の家系があるが、韓国においては、家の事業が成功すると、子どもたちはもっと社会的評価の高い仕事を目指してしまい、家をつがないという。なので、たとえばおいしいレストランがあったとしても事業承継されることなく、一代で潰れてしまうのだという。
日本においては、たしかに老舗のお店に対するリスペクトがあり、名家としてその地域のリーダーを担ったりする。江戸時代においては、その家を維持するために、自分の子供だけでなくより能力の高い養子を受け入れたりする。逆に言えば、優秀な子どもたち(とその親は)はよろこんでそうした家の跡継ぎという選択をした。
もちろんこの背景には、身分制度がある。科挙のように、すぐれた能力を持っていれば支配者層になれるというキャリアパスがないなかで、家業をもり立てていくしかない。身分制度が廃止され、受験勉強による能力評価が浸透すると、日本においても後継者問題がより顕在化してくることにはなる。ただ、それでも積極的に家業から離れようという感じは強くない。NUCBにも、家業を継ぐ予定の跡継ぎがビジネスを学びにやってきている。
家族システムの違い
もっと根本的に大きな影響を与えているのは、家族システムであろう。日本は国土も限られているため、限られた資源を分割することなく後世に伝える直系家族を採用することに、経済合理性があった。最近聞いた話では、山間地域では、長男がすべてを相続するというのがまだ当たり前に行われているらしく、本当にびっくりした。そこでは次男、三男、それから女性たちは、相続放棄するのが当たり前なのだ。先祖から受け継いだ貴重な田んぼを分けることは、「たわけ」(馬鹿)と言われるのだ。
台湾は、いわゆる共同体家族。中国という広大な土地のある地域では、子どもたちに公平に分配することができる。家よりもひとりひとりの才覚が重視される。12進法は、共同体家族システムが採用されている地域で使われているが、これは12という数字が2でも3でも4でも分けられる、公平な相続に有効だからだ。さらに5人でも分ける場合には、60進法ということになる。12個をひとまとめにするダースという数え方や、時間などに残っているこの進法も、家族システムに基づいたものなのだ。
黃さんによれば、台湾の古民家もまた、共同体家族の公平な相続のため、小さな区分所有に分かれてしまい、ひとりの判断で活用ができないケースが多いのだという。その土地や家屋を利活用しようとすれば、結局、大きな資本が入ってきて高額な購入金額を提示、大がかりな買収をするほかなくなるのだ。
台湾は、文化的に日本と近しいと思いがちだが、実は根底に動いている社会文化や家族システムには、かなり大きな違いがある。文化財活用での協働には、そうした観点での相互理解も重要となるだろう。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
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