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フィールド授業 Day1 みずのき美術館の作品模写

名古屋商科大学ビジネススクール(NUCB)で、フィールド授業の導入が進んでいる。ビジネススクール、特にハーバード・ビジネススクール(HBS)が開発、導入したケースメソッドが主流となっているが、ケースメソッドにももちろん限界もある。金融危機をきっかけにHBSが百年近くの歴史を持つケースメソッドに、メスを入れた。そのときに取り組まれたのが、フィールドというプログラムである。

HBSでは、学生たちを発展途上国に送り込んで、そこでビジネスの教科書的なフレームワークだけではビジネスが当然、うまく変革できないということを学ぶ。地域課題に向き合えば合うほど、机の上だけでは何も解決されないという体験をする。フィールドはそうした失敗から学ぶ重要な機会である。

NUCBでも、フィールド授業の導入が徐々に進んでいる。今回、亀岡に2泊3日で訪問してさまざまなワークショップを経験しているが、これはそのひとつ。環境問題に取り組み、芸術の力で地域活性化を進めている亀岡市には、これからのビジネスのヒントがたくさんつまっている。

シラバスの冒頭にはこのように記した。この授業目的をどのように達成していくのか、実際の授業内容と合わせて、レポートしていきたい。

地域活性化と通常のビジネスとの違いは主に次の3点である。ひとつは、地域固有の資源と文化を重視すること。普遍的な資源をベースに議論するビジネスとは異なり、地域の固有性の制限を考える必要がある。ふたつめは、コミュニティとの協働である。地域の住民、地元企業、行政、教育機関などが連携し、地域課題に取り組む必要がある。3つ目は持続可能性への配慮である。地域活性化では短期的な利益よりも、長期的な持続可能性が重視される。地域の自然環境や社会的資本の保全を考えるとともに、地域経済が将来に渡って自立し発展できる戦略を考える必要がある。こうした地域活性化固有の条件について、フィールドワークを通じて理解を深め、適切な戦略を提示する力を身につけることを目的とする。

地域固有の文脈において、適切な活性化戦略を立案できるようになる。
フィールドワークを通じて、地域の課題について適切に抽出、分析できるようになる。
地域住民を始めとしたステークホルダーの共感を得るような地域の未来構想をつくることができるようになる。

シラバスより

みずのき美術館での模写ワークショップ

みずのき美術館は、1964年から知的障害者の養護施設であるみずのきで実施されてきた芸術教育から生まれた、2万点にのぼる芸術作品を収蔵する美術館である。すべて知的障害を持った人たちによる作品で、西垣籌一氏による熱心な取り組みの結果、一般の公募展で入選するほどにまでなった。

かつての床屋さんの名残を残すみずのき美術館

このみずのきの取り組みは、1990年代にいわゆる「アール・ブリュット」の文脈で評価され、2012年には作品を収蔵、展示するみずのき美術館が、亀岡北町商店街の床屋さんを改修するかたちで開設された。設計は乾久美子によるもので、活用しやすいホワイトキューブでありながら、地域に開かれた大開口と、古民家の梁が見える温かみのある施設になっている。学校帰りの子どもたちがここに立ち寄って宿題をやっていったりと、地域の公共空間となっているという。

今回、キュレーターの奥山理子さんのご案内で、今回展示されている作品を模写するというワークショップを行った。見ていると何気ない表現でも、実際に描いてみると、クレヨンで力強いストロークで描かれていたり、色が重ね塗りされていたりと、さまざまな工夫があることがわかる。描いてみることによって、作品のよさが改めて理解される。

奥山理子さんによるファシリテーション
熱心に模写する学生たち

しかしこうした技術が活用されているということは、みずのきの取り組みに賛否両論を引き起こすことにもなった。アール・ブリュット、すなわち生の芸術と位置づけるには、芸術教育を施されすぎているのではないか、それが本人の意思と関係なく行われているのではないかという批判である。アール・ブリュットもさまざまな解釈があり、客観的な指標があるわけではない。模写を通じて、訓練された芸術としての作品に向き合うことで、そうした難しさも理解することになった。

タッチひとつひとつに意図を感じながら描いていく

普通の芸術家による作品ではなく、知的障害者による作品の模写を行うことには、さまざまな複雑さが内在する。知的障害者の人たちの意図を推測することは、一般的に、健常者の意図を推測することよりも難しさがある。しかし、だからこそ、そこに寄り添い、向き合うことの意味が生まれてくる。哲学の言葉で言えば、理解のできないまったきの他者としての作品が目の前にあるのである。

サイエンス、クラフト、アートの視点

今回のワークショップは、日常的なサイエンス的思考から一歩離れ、経営やイノベーションにおける新たなアプローチを探求する機会となった。特に注目したのは、クラフト的な「手を動かしながら考える」方法と、さらに踏み込んだアート的アプローチである。

この文脈で重要なのが、ヘンリー・ミンツバーグの「戦略のクラフティング」という概念だ。ミンツバーグは従来のMBA教育で教えられていた形式的な戦略立案プロセスを批判し、代わりに「ろくろで陶器を作る」ように、現実と常にすり合わせながら戦略を形成していく重要性を説いた。この考え方は、マイケル・ポーターによって「明確な戦略がない」と批判された日本企業の経営スタイルを間接的に擁護するものでもあった。

ミンツバーグの理論の核心は、意図的に計画された戦略と、状況に応じて創発的に生まれる戦略の両方を巧みに組み合わせることにある。今回のワークショップでは、絵画の模写という行為を通じて、この創発的プロセスを体験的に学ぶ機会が提供された。作品を描きながら生じる偶発性や予期せぬ発見は、まさにミンツバーグが言う「クラフティング」のエッセンスを体現していると言えるだろう。

さらに、このワークショップは「経営とアートの関係性」という、より深遠な問いへと参加者を導いた。デザイン思考の第一人者であるロジャー・マーティンは、『The Opposable Mind』において、優れた経営者は分析的思考(サイエンス的アプローチ)と統合的思考(アート的アプローチ)を組み合わせる能力を持つと主張している。アート的思考は、不確実性の高い環境下で創造性を発揮し、新たな可能性を見出す上で極めて重要だとされる。

このように、サイエンス、クラフト、アートという3つの視点を通じて経営やイノベーションを捉え直すことで、私たちは複雑化する現代のビジネス環境に対応する新たな思考法や問題解決アプローチを獲得できるのではないだろうか。今回のワークショップは、そうした多元的な視点の重要性を体験的に学ぶ貴重な機会となった。

ちなみに、今回使ったクレヨンは、みずのき美術館とALL JAPAN TRADINGによって行われているプロジェクト「巡り堂」によって再生された画材である。遺品整理などを行っている業者が、それまで廃棄されていた画材を提供、みずのき美術館でクリーニングを行って再利用を進めている。このクリーニングを行うボランティアスタッフの中には、さまざまな悩みから生きづらさを感じている人も多く、そうした人たちの支援活動としても機能している。

巡り堂の画材たち

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授

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