能楽の稽古がなぜ創造性に寄与するのか
昨日の記事で、もったいぶって「この感覚的思考機能を格段に高めるメソッドである」なんて書いてしまったので、すこし自分のメモとして文章に残しておきたい。
感覚的思考というのは、登氏のいうとおり、論理的思考を放棄したときに現れる原初の思考である。論理的思考というのは、今となってはあまり自覚しないが、学校教育でのトレーニングを通じて身につける、後天的な思考スタイルだ。プリミティブな思考においては、ああいう論理的な思考はしない。もっと直感的で、速度が早い。
レヴィ=ストロースのブリコラージュとエンジニアリングという比較がわかりやすいだろう。エンジニアが全体の設計を考え、使い方が一義的に決められてしまっている「部品」を組み立てていくのに対して、ブリコラージュ的アプローチでは、山に落ちている枝を見て、「なにかに使えそうだ」と直感して拾い上げ、そうして手にした「断片」をつなぎあわせて、全体をつくりあげる。
エンジニアリング的論理的思考を起動させるとき、一番の問題が、全体の詳細な設計ができなければ「部品」を発見できないということだ。だから設計待ちになる。最終のできあがりが、細部まで見えていれば、あとはレンガを積むような単純作業だが、その作業に入るまでの負荷が重い。
一方、ブリコラージュ的思考の場合、まずはなんとなく役に立ちそうなありあわせの「断片」をざっと集める。これは、山の中であれば歩き回ればいいし、知的労働であればぼんやり空想するのでもいい。断片が脳の中を飛び回るような状態を作れば、そこから動き始めることができる。「役に立ちそうな」という判断は、実は複雑だ。エンジニアリングの作業が、「部品」としてのレンガを積み上げることだとすると、役に立ちそうな「断片」には、その「断片」にまつわる未来のイメージが高速に動いている。
そこには、神話的思考が働いている、と中沢新一なら言うだろう。高速編集だと、松岡正剛は言うだろう。ふたりが本格的に交わることがなかったのは、あまりに近い領域で、しかし微妙にずれた領域で、やや異なるスタイルで活動していたからだろう。憶測だが、中沢が避けていたように思う(松岡は中沢を千夜千冊で取り上げている)。
話がそれてしまったが、この「山を廻って、役に立ちそうなものを見つけ出す」という偶然性にかけているのが、実は能楽だ。能楽は、申合せと呼ばれるかんたんなリハーサルを行っただけで、あとはぶっつけ本番だ。それができるのも、「型」があるからで、室町時代から受け継がれてきた決まり切ったやり方を踏襲するからだ。しかしそれは説明の半分でしかない。
この「型」には余白があり、また間があいている。その余白や間の部分で、演者や囃子方などが互いに調整する。その場に起こることを引き受けて、呼吸を合わせていく。能の舞台は、ブリコラージュであり、「型」も含め、その場にあるものは「断片」として、生き生きとしている。逆の言い方をすれば、「型」という「部品」を組み立てて舞台ができあがるわけではない、ということだ。能舞台の上で起こるさまざまな突発的なできごとに対して、ブリコラージュしていく精神が、能の生命を支えている。
あるときから、「失敗したとしても、そこでうろたえず、舞台をやり切る」ということを意識するようになり、そこから能の見方が変わった。所作を間違えると、すべてのタイミングがズレていく。そのズレの帳尻を、別の所作のタイミングで合わせていく。そこで慌てることなく対処する。能は、最後までやり通すことが至上命題となっていて、たとえ演者が倒れても、後見がその代わりを務めることになっている。完遂することに対する並々ならぬ執念によって、能に生命が与えられている。
ブリコラージュは、エンジニアリングに比べて能天気な感じがするかもしれない。適当に「役立ちそうだなあ」という気分で「断片」を拾い集めるような感じがするだろう。しかし実は、エンジニアリングの「部品」の組み立てに比べて、先が見えないからこそ、どのように完成するかということに頭をフル回転させて、想像を大きく広げていくことになる。進行中の能舞台はまさに、未来への無数のオプションに開かれている。エンジニアリングが、既知のゴールに向かうのに対し、能はあらゆる可能性が同時に存在している。
能楽が、ゆっくり動いているように見えるが、それは高速回転しているコマがとまって見えるのと同じで、全力で「ゆっくり」動いているのだというような説明がある。これは物理的なエネルギーの説明になっているが、本来はここに書いたように、むしろブリコラージュ的な可能性としてのエネルギーに満ちた状態なのだということができるだろう。
いや、書ききれない! 能の物語自体も神話的イマジネーションが積み重ねられて展開しているのだから、そこにも触れないといけないのだが、今日は一旦ここまでにしておこうと思う。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
日本ビジネスモデル学会 BMAジャーナル編集長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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