学びはブリコラージュである
今日は大学院の入試面接があった。教員は年に何度か、この面接に駆り出されるわけだが、個人的にはいつも楽しみにしている。MBAを取りたいと思った人には、それぞれ本当に多様なバックグラウンドがあり、その多様な人生に向かい合うことのできる貴重な機会だからだ。
面接で聞いた内容はもちろん、ここで書くことはできないが、一般論として少し書いておきたい。MBAをとろうと思うとき、大抵の場合、チャンスかリスクに直面している。昇進するためにはMBAが必要だという、出世の要件のひとつになっていたり、今取り組んでいるプロジェクトで力不足を感じていて、どうしてもビジネススクールで得られるスキルが必要だとか、そういった明確なニーズがあることが多い。
しかし、こうした短期的なニーズのためにビジネススクールを志望するのは、どこかもったいないように思う。あまりにスラスラと、現在の必要性とのマッチングを主張されると、すこし疑ってしまいたくなる気持ちにもなる。
教育というのは本来、予測不可能性を抱えている。学ぶ前の自分は、学ぶ内容について知らないのだから、その効果を先取りして知ることも、構造上難しいはずだ。何かを学ぼうとするときには、必ずそこに、「わからないけれども、学ぶしかない」という、不確実性、予見不可能性の中でのジャンプが必要になる。
昨日の記事でも触れたレヴィ・ストロースのエンジニアリングとブリコラージュという対比で言えば、教育によって学ぶことの中には、ブリコラージュ性が必ず潜んでいる。エンジニアリングは、全体設計のもと計画的に集めた部品で作り上げるものであり、ブリコラージュは、手元にある断片がもつ特性をうまく組み合わせて作り上げる。だから、何の役に立つかわからなくても、とりあえず手元に取っておこう、という判断も起こる。
中学高校で学ぶ古典や、高校の難しい数学など、「おとなになって役に立たないのだから、学ぶ必要がない」という議論がいつも起こるが、一方で、「だから学ぶのをやめよう」と言い切るのも躊躇するのは、学習にブリコラージュ的感性があるからだ。特殊なことであればあるほど、逆にその特性がほかでは手に入らないという意味で、役に立つ可能性も残る。代替が効かないように思うからだ。
こうしたブリコラージュ性はしかし、おとなになると急速に薄れていく。資格試験を思い浮かべればわかりやすい。資格を取るという目的が明確な分、資格取得に関係ない勉強はバッサリと捨てられる。「ここは近年、テストに出てないので」ということで、カリキュラムから外されたりもする。資格取得という全体設計から、各分野の学習という部品へと切り分けることのできる、エンジニアリング的学習だからだ。
では、ビジネススクールはどうなのだろうか。先の、短期的な必要性から学ぶというのは、資格試験的な学びであり、エンジニアリング的判断だ。かつてビジネススクールで学び、また現在教えている立場からすると、ビジネススクールの学びは資格試験の学びではないように思う。もっとさまざまな未来の可能性に開かれている教育だ。
エンジニアリングとブリコラージュの違いは、この「未来への開かれ」にある。ブリコラージュではまず、そのものが持っている元の役割を剥奪し、無目的の断片に変え、そのうえで断片がもつ特性を活用する。そこには、構造的にふたつの時差が生まれる。ひとつは、断片が過去の役割を帯びていること。そして、断片の可能性が、未来において発見されうるということだ。
この意味で、修士課程に位置付けられるビジネススクールの学習内容は、部品ではなく、断片だ。過去の知識を学びつつ、そこに新しい発見を加えていくプロセスが内在している。たとえば、コトラーのマーケティング理論は、取り上げるビジネスケースに合わせて、常に読み替えられていく。ブリコラージュしているのだ。
そしてもうひとつ、受講者自身も断片化させていくことも指摘しておきたい。ときにはビジネススクールに行って、それまでの価値観が大きく変わり、まるで人が違ったように意識を変える学生がいる。そして、こうした自己変容を期待してビジネススクールの門を叩く人もいる。彼らは日常業務において部品として扱われている自己を、もう一度、大学のクラスルームの中で、エンジニアリング的部品としての役割から一度離れ、別の用途へと活用されるブリコラージュ的断片にするのである。今までの人間関係とはまったく関係のない、新しいまっさらなネットワークの中に入り、自分の新しい側面を見出す。個人のキャリアの「未来への開かれ」がここから生まれるのだ。
その「未来への開かれ」は、ロゴス的思考ではなく、レンマ的思考によって直感することになる。ここで、これまでの議論ともつながってくることになる。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
日本ビジネスモデル学会 BMAジャーナル編集長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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