五泊六日の長くて短い探検の旅
BMIA事務局長 片岡峰子
FORTHイノベーション・メソッドをご存知でしょうか。
オランダ人のイノベーションコンサルタント、ハイス・ファン・ウルフェン氏が開発し提唱する、イノベーションを起こすメソッドです。
イノベーションを起こすプロセスを五つの島を巡る探検になぞらえて示したもので、このFORTHマップがその全貌を表しています。
五つの島それぞれの頭文字をとって、”FORTH” と名づけられた
FULL STEAM AHEAD(全速前進でスタート!)
OBSERVE & LEARN(観察と学び)
RAISE IDEAS(アイデアを出す)
TEST IDEAS(アイデアをテストする)
HOME COMING(帰還)
すべては、このイノベーションのプロセスを記した書籍『START INNOVATION ! with this visual toolkit.〔スタート・イノベーション! 〕―ビジネスイノベーションをはじめるための 実践ビジュアルガイド&思考ツールキット』(ビー・エヌ・エヌ、2015年)の序文を、代表理事小山龍介が寄せたことからはじまりました。
出版社の方に紹介していただき、すぐにハイス本人から連絡が来て、Zoomで話し、そのときに来日が決まり、来日の際に、翌年(2016年)BMIA主催でFORTHイノベーション・メソッド公認ファシリテーター養成講座を開催することが決まりました。トントン拍子とはまさにこのことで、もうこうなることがわかっていたかのようなスムーズな展開でした。
ちなみに、ハイス・ファン・ウルフェンの名が、BMIAのシニア・アドバイザーに連ねられたのはこの三年後のことになります。
FORTHイノベーション・メソッド公認ファシリテーター養成講座はその名の通り、FORTHを使ってイノベーションを起こすとき、チームのファシリテーションを担えるようになるための講座です。(”チームリーダー”ではない。”ファシリテーター”である。)
BMIAは、2016年、2018年、2019年、2020年(オンライン)、2022年、2023年と、この講座を主催、開講してきました。
講座のながれや内容は、当然、アップデートされつつも基本的には変わりません。講座(セミナーやイベントも)は、まるで生き物のようだと感じます。ファシリテーター(講師)とコンテンツ、そして、「受講者」の組み合わせでいかようにも変容します。この3つの要素の掛け合わせで講座がつくられていくとしたら、毎回その様子は異なって当然ともいえます。
事務局として毎回同席し、ファインダー越しに観察してきた視点から、改めてこの講座についてふりかえってみたいと思います。
「観察」
五泊六日の講座の初日、もっとも印象的なのは、FORTHマップを「観察」する時間です。
FORTHの二番目の島は、「OBSERVE & LEARN(観察と学び)」と名づけられています。講座冒頭に、「『観察』は非常に重要である。まずは、このFORTHマップをじっと観察してみよう」という時間があります。
壁に貼られたマップを黙ってじっと見つめ、徐々にマップに近づいていきます。
じっと見つめることで、細かいところにまで目が届きます。
ある回では、「英語のマップでは、島の名前が島をはみ出ているのに、日本語では島の中に収まっている」と気づいた人もいました。
果たして、ふだんのわたしたちは、ものごとをここまで観察しているでしょうか。「見ているようで見ていない」「見たいものだけ見ている」、人間であれば当然のことかもしれませんが、改めて、意識してじっと観察することを最初に体感します。この様子を傍から見ていると、なにかとても特別なことが行われているように感じます。
世界共通の「ある、ある」
さて、FORTHマップをじっくり読んでみると、さまざまなイノベーションの障壁が見つかります。
「不安湾 本当にイノベーションは必要なの?」
「上司が好きにやらせてくれない島」
「忙しい忙しい忙しいの言い訳島」
「顧客は怖がっている岸壁」
「今やる、でなければ一生できない海流」
などなど、行く先々にユニークな名前がついた危機が探検者を待ちかまえます。(しかも、これらって、「ある、ある」でしょう?)
組織の問題は、世界共通であり、そしてやはり「人」に帰結するものなのでしょう。
さて、初日は、午後二時に始まって、午後七時に終了します。
みんな口をそろえて、初日がいちばん長かった、と言います。初めて会うハイス、初めて会う仲間、初めての宿泊施設と会議室、英語の講義、時間差で補われる日本語。考える、感じる、話す、Miroに打ち込む、という作業もあります。だれにとっても、初めてづくしは緊張するし、疲れるものです。
TOP&TIP
初日の約5時間、ハイスと、コ・ファシリテーターの山本伸、西村祐哉の間でも、ばっちり「観察」が行われています。翌日以降のワークに備えての人選です。
この探検の旅では、架空の会社の新規事業開発に取り組んでいただきます。本番さながらに役割を分担して(あなたは社長、あなたは財務の責任者、あなたはマーケティング部長、などなど)、FORTHのステップを踏んでいくのです。
その役職とは別に、各セッションのファシリテーターも順繰りに務めます。6日間のうち、2〜3回はファシリテーションをする機会があるのです。そしてセッションのあとは、必ず、ハイスから、仲間からフィードバックを受けます。
TOP:すばらしかった点、
TIP:こうしたらもっとよくなるのでは?という点、
各ひとつずつ、ふせんに書かれた自分宛てのフィードバックは、大切な宝ものになります。
各セッションの間、ハイスは、そこでなにが行われているかをじっと観察しています。たまに、コファシリのふたりに通訳してもらっているときもありますが、ほとんどは黙ってじっと見ています。
そして、絶妙なタイミングでセッション終了を告げるのです。
「最初に、なにをどうやるか、もっと教えておいてくれたらいいのに」という感想が出ることもあります。
もちろん、ある程度のガイドは示されますし、準備時間中に確認することもできますが、まずは「やってみる」ことが求められます。
考えてみれば、最初から手取り足取り教えてもらったことは、すぐ忘れてしまうものだし、頭のなかで「こうして、ああして」と考え組み立てたことがそのまま行動できるわけでもありません。
時間に制限のあるなか、自分で考えて行動したことは、たとえうまくいかなかったとしても、本人にとっては生涯忘れられないほどのインパクトを持って強烈に記憶に残ることでしょう。
リフレクション
もうひとつ、強く印象に残るのは「ふりかえり」の時間です。島を出るときには、かならず、「ふりかえり」の時間が設けられます。しかもかなり丁寧にたっぷりと。
ときには質問の嵐が吹き荒れ、スケジュール通りに進まないこともあります。(もちろん、それも織り込み済み。)そんなときでも、ハイスはこの「ふりかえり」を端折ることはないし、質問にも丁寧に答えます。リフレクションで学びを定着させるのだという、明確な意図をいつも感じます。
毎回変わらないのは、ハイスのあり方と方針
講座は生き物のようで、毎回、「やっぱり違うんだな」と感じます。しかし、いつもこれは変わらない、ということもあります。ハイスのあり方や受講者に関わるときの方針です。(とくに、ファインダー越しにそのプロセスを見守る事務局には、それがダイレクトに伝わってくるように思います。)
得意なことやこれまでの経歴がまったく異なる受講者一人ひとりに対し、この人が今後FORTHを使ってイノベーションを起こしていくプロセスを促進していくために、いまなにが(どんな学びが、どんな言葉がけが、どんな関わりが)必要なのかを瞬時に見極め、妥協することなく伝える。
受講者一人ひとり、だれに対しても、その人自身の「学びを最大化する」ことに心を砕いているのです。
ハイスの熱量と、ファシリテーター、イノベーターとしての「あり方」を直に受け取ることができる貴重な、長くて短い、濃厚な五泊六日の探検。
BMIAはこれからもFORTHイノベーション・メソッド公認ファシリテーター養成講座を開講し続けます。あと何回、ハイスが来日して「開発者直伝」と謳う講座が開催できるのか、有限であることはたしかなこと。
この貴重な探検を、ひとりでも多くのイノベーター、ファシリテータに届けるべく、われわれも精進していきます。
ハイス・ファン・ウルフェン(Gijs van Wulfen)
FORTHイノベーション・メソッド開発者。『スタート・イノベーション』『イノベーションの迷路』『ハイブリッド・イノベーション』原著者。
Top 50 Global Thought Leaders and Influencers on Design Thinking (February 2020) 世界で第3位のデザイン思考家。
世界中のさまざまな組織で、講演・ 研修、ワークショップのファシリテーターを担当、数々のイノベーションを成功に導いている。 その経験の中で開発された「FORTHイノベーション・メソッド」。デザイン思考や最新マーケティング手法を組み込んだ独自のメソッドは、クリエイティブなビジネス思考のベストプラクティスになっている。
(文責・写真 片岡峰子)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?