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問題を階層で分解することの意義

昨日、シーナ・アイエンガーのイノベーションのアプローチである「サブ課題に分解する」の問題を指摘した。アイエンガーはサブ課題への分解を、マッキンゼーのバーバラ・ミントによって考案されたロジカルシンキングのMECE原則に対する批判として展開したのだが、そこには結局同じ問題が残っている。それは、「問題は分解される」という前提だ。

問題は、そう簡単に分解されない。「円安」という問題ひとつとっても、簡単ではない。「金利をあげればよい」というかもしれないが、そうした場合に、経済にどのようなインパクトがあるか予想もつかない。世界の経済システムは相互依存しており、「サブ課題」などに分解して個別撃破していくなんていうことはできない。

しかし、この批判は大雑把すぎる。アイエンガーは、こうした批判はもちろん想定済みで、サブ課題に分解する意義について、ひとことでいえば、「世の中はそう簡単に変わらないのだから、小さな問題から解決していくしかない」ということを言おうとしている。たとえば、Netflixの事例を上げて、「人々が、DVDの延滞料金を払わなくてすむには」というサブ課題を解決することによって、結果的に巨大帝国を作り上げたという。この点については、まったく同意だ。

企業内でメンバーを募り、新規事業アイデアを考えるときによく起こることが、あまりに大きな課題を解決しようとすることだ。それを実現するには、さらなる研究開発が必要で、その研究はいつ成功するかもわからない、などという。新規事業で収益が上がれば、そうした研究に投資してもよいだろう。しかし今は、まだ何もない状態だ。新規事業提案は、研究テーマの提案とは異なる。顧客の課題を解決し、そこで収益を上げ、その収益を次の事業に投資する、自立した活動を意味する。予算取りのための打ち上げ花火は、新規事業を評価するうえでは、むしろネガティブに映ることもある。

小さく生んで大きく育てる、が新規事業の鉄則だ。解決可能な課題にまで分解し、そこからスモールスタートするために「サブ課題」へと分解するということについては、アイエンガーに賛同する。彼女は、この分解のための方法として階層分析という手法を提示する。例えば、「プラスチック汚染を減らすには?」という課題があったとする。これはかなり大きな課題で、どこから取り組んでよいか躊躇するものだ。そこで、階層を下げていく。具体的には、「国内のプラスチック汚染を減らすには?」、「この市のプラスチック汚染を減らすには?」というように、地域を限定していく、などである。

逆に階層を上げると次のようになる。「プラスチックを生分解性物質に置き換えるには?」「あらゆる非生分解性物質を置き換えるには?」。階層を上げた課題は、おそらくビジョンと我々が普段呼んでいるものに近いと感じるだろう。階層をラダーアップするとビジョンになり、ラダーダウンさせていくとミッション、そしてタスクになる。そのような階層構造を上げ下げする方法として、アイエンガーの「サブ課題」を理解すれば、納得だろう。

階層UP:「あらゆる非生分解性物質を置き換えるには?」
階層UP:「プラスチックを生分解性物質に置き換えるには?」
ドラフト課題:「プラスチック汚染を減らすには?」
階層DOWN:「国内のプラスチック汚染を減らすには?」
階層DOWN:「この市のプラスチック汚染を減らすには?」

シーナ・アイエンガー『THINK BIGGER 「最高の発想」を生む方法:コロンビア大学ビジネススクール特別講義』

この階層の問題は、マイケル・ポランニーの創発の議論を参照すれば、より一層、その面白さが見えてくるだろう。ポランニーによれば、自然界や社会の多くのシステムは階層的に構造化されている。たとえば、下位の物理的・化学的プロセスは、上位にある生物学的プロセスを支えているが、上位レベルには、下位レベルの性質の積み重ね以上の秩序が存在する。いくら分子の化学反応という下位レベルを分析しても、生命現象という上位レベルを説明できないのはそのためだ。上位レベルで新しい特性が現れることを、ポランニーは「創発」と呼んだ。

ポランニーは、現代科学の要素還元主義的なアプローチが、創発現象や階層構造の重要性を見落としがちであると批判した。科学は一般に、システムを下位レベルまで分解して理解しようとするが、それだけでは上位レベルの特性や意味を捉えることはできない。ポランニーは、創発を理解するためには、上位レベルの現象を包括的に考える視点が必要であると主張した。

アイエンガーの「サブ課題」のアプローチは、このポランニーの創発概念を参照すれば、その意味がもう少しクリアに見えてくるだろう。彼女の間違いは、「サブ課題を解決すれば、メイン課題が解決される」という前提をおいているところで、それは要素還元主義にとどまっている。しかし、それを階層構造として理解し、(アイエンガーはそれを明確には書いていないが)上位の課題において創発的な新しい特性の出現を前提として受け入れつつ、まずは下位のサブ課題を解決するのだ、ということであれば、ポランニー的に理解が可能になるのだ。

さらに言えば、アイエンガーの「サブ課題への分解」という手法は、ポランニー的な創発の視点を取り入れることで、より洗練された方法論へと進化し得る。すなわち、単にサブ課題を分解していくのではなく、分解されたそれぞれのサブ課題がどのように連携し、新しい特性や解決策が生まれるかを意識することが重要だということだ。

たとえば、Netflixの事例をポランニー的視点で再解釈してみると、単に「延滞料金の問題を解決する」というサブ課題の解決が成功をもたらしたのではなく、その解決がどのように他のサブ課題(たとえば「顧客体験の向上」や「物流コストの削減」)と相互作用し、新たなビジネスモデルの創発を可能にしたのかという点が鍵だったと言える。このように、分解されたサブ課題が単独で解決されるだけでなく、それらが結びついて新しい次元の解決策や価値を生む過程を設計することが、真の「階層的思考」となる。

アイエンガーの「サブ課題」への分解アプローチをポランニーの創発概念と組み合わせることで、単なる要素還元主義に陥る危険を避けつつ、より効果的な課題解決のフレームワークを構築できる。重要なのは、分解されたサブ課題を孤立した問題として扱うのではなく、それらがどのように結びつき、新たな秩序や価値を生み出すかを理解することだ。ポランニーが指摘したように、「全体は部分の総和以上である」という原則を念頭に置きつつ、小さく始め、大きなインパクトを目指すのが、真のイノベーションにつながる道だろう。

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師

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