正濱漁港カラフルハウスの奇跡
先日から、地域活性化の事例調査のために台湾を訪れている。このきっかけとなったのが、台湾からの亀岡市への視察だった。私が理事と務める一般社団法人きりぶえが運営するKIRI CAFEに、30名の視察団として訪問してくれた。「ぜひ、台湾にも遊びに行かせてください」という言葉は、一般的には社交辞令だが、その訪問の翌日には飛行機のチケットを押さえ、旅行の日程を立てた。
なかでも私の興味関心を引いたのが、台北から車で1時間ほど北にあがったところにある基隆市の正濱漁港である。過去、日本の統治時代などのさまざまな時代を経験したこの港町も、数年前までは、観光の目的地にもならないごくありふれた場所だった。ところが、ここ8年ほどで激変したのである。
それを手掛けた林書豪氏である。目玉となっているのが、カラフルハウスだ。それまで船の修理などを行っていた古い雑居ビル群を鮮やかな色で塗り替え、そこがすっかり観光スポットに変わったのである。さらにそこに若者の手によるキュートな店舗が入居し、台北からの日帰り観光スポットになったのだ。
この土地は国のもので、漁師たちは90年の長期の賃貸借契約を結んでビルを建てた。ビルのオーナーは、それぞれ異なりバラバラである。すぐに浮かんだ疑問は、「どうやって合意を取ったのか」ということだった。土地を持っている政府も、そこに立つビルの色を変えることを、もちろん強制できない。あくまで民間による取り組みとして行われたこの着色の肝は、意外にも「無関心」であった。
あくまで仕事場として活用していた漁師たちは、このビルに対して良くも悪くも、多くの関心を払ってこなかった。そのビルを清掃し、きれいに着色してくれるのであれば喜んで、というのが、オーナーたちの反応だったという。特段、大きな抵抗もなく進んだこのプロジェクトだが、もし仮にこの建物が歴史的建造物で文化的価値をもっていたらと想像してほしい。このような色にすることはもちろん、許されることではなかっただろう。
もうひとつ、ここには「無関心」がある。それは、大手企業からの無関心だ。この地域の人気が高まれば高まるほど、今度は大手企業の進出の危機にさらされる。しかしここではその心配はなかった。もともと、この漁港で使う小型船の修理には、車のガレージ程度の小さなスペースがあれば十分であった。この大きさは、大手企業、たとえば大手カフェが店舗を構えるにはあまりに小さい。この物理的な空間の制約が、大手企業の進出を阻んでいるのである。
文化財行政における文化的価値がないこと、空間が狭すぎること。このふたつは、地域活性化の文脈でも通常は、取り組みが進まない理由に挙げられるだろう。しかし実際には、こうしたデメリットがあるからこそ、活用が進んだり、過度な開発を防止できたりする。楠木建教授は、こうした模倣されない/したくないようなビジネスモデル上の要素を、クリティカルコアと呼んだ。この地域において、カラフルハウスはクリティカルコアとして機能している。
一方で、やはり人気が高まることによって地代家賃も高くなり、いくつかの店舗は退去せざるを得ない状況も起こっているという。これは、古くはニューヨークのSOHO地域などでも起こってきた事象は、ジェントリフィケーションの負の側面として知られている。京都の三条通も、盛り上がりを見せた当初の店舗が退去を迫られる事態が起こった。高額な家賃を支払うことのできる大手のタリーズコーヒーが出店したが、京都の喫茶店文化がタリーズコーヒーに置き換わることは、幸せなことではないように思える。
こうした問題をどのように解決すべきか。林氏と食事をしながら話をしたが、このことについては改めて書いてみたいと思う。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
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小山龍介のビジネスモデルノート
ビジネスモデルに関連する記事を中心に、毎日の考察を投稿しています。
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