オントロジーとしてのビジネスモデル
代表理事 小山龍介
ビジネスモデル・キャンバスを作成する元になったフレームワークに、ビジネスモデル・オントロジーというものがある。ビジネスモデル・キャンバスの作成者であるアレックス・オスターワルダーが博士論文で展開したビジネスを記述するためのフレームワークで、ビジネスモデル・キャンバスよりも複雑な形状をしている。実際には、オントロジーを簡略化したのがビジネスモデル・キャンバスという関係である。
オントロジーについて知っておくことは、その成果物であるビジネスモデル・キャンバスを活用する上でも、重要であろう。道具の成り立ちについて知っておくことによって、その道具の可能性や限界について、深く理解することができるからだ。
オントロジーはもともと哲学用語であり、何が存在するのか、それらがどのように存在するのか、どのように関連し合っているのか、といった問いを追求する学問領域である。このような問いは、自然科学の実証的な観察では捉えきれない抽象的、または根本的な存在に関する問いでもある。
オントロジーの言葉自体は、ギリシャ語の「ontos」(存在)と「logia」(研究、学問)から派生したもので、古代の哲学者から現代まで、哲学者たちは存在について様々な視点から探求してきた。プラトンやアリストテレスは、物事の本質的な存在について議論し、デカルトは心的な存在と物質的な存在の二元論を提唱した。カントは物自体を直接、認識することはできないと考え、ハイデガーは存在と時間は不可分であると考えた。
最近では、コンピュータ科学や人工知能の分野で「オントロジー」の概念が重要となってきた。この文脈では、「オントロジー」は特定の知識領域のエンティティ(存在物)とその間の関係を表現するための形式化された仕組みを指す。たとえば、犬は動物であるが、そのことを形式としてインプットしなければ、人工知能は犬を動物というカテゴリーで理解しない。オントロジーがあって初めて、犬という概念の意味をつかめるのである。このときオントロジーは、ドメイン(知識の領域)、エンティティ(存在物)とその属性、エンティティ間の関係(規則や法則を含む)を定義するものになる。
このオントロジーによって、(1)知識の表現、(2)データの整理や情報の探索、(3)推論が可能となるのだが、以前の記事にも触れたロジカルシンキングとビジネスモデル思考の違いが、もう少し正確に説明できる。ロジカルシンキングというスキルは、このうち論理的な推論の形式を身につけるものではあるものの、知識の表現や、データの整理や情報の探索には深く関連していない。ビジネスモデル思考は、そうしたロジカルシンキングの及ばない領域についてもカバーしている概念なのである。
オントロジーの3つの役割について、ビジネスモデルとも絡めながら整理してみよう。
知識の表現
オントロジーは、知識を構造化し、明確に表現するためのツールとして用いられる。オントロジーを利用することで、知識はエンティティとそれらの関係性という形で表現され、人間だけでなく機械も理解できる形になる。上図のビジネスモデル・オントロジーにおいても、さまざまな構成要素とその関係性が図示されている。たとえば価格(Pricing)と収益(Revenue)は密接に関連しており、またそれは提供物(Offering)からも影響を受ける、といった具合である。データの整理と情報の探索
オントロジーは、大量のデータや情報を整理し、関連性や意味のあるパターンを抽出するために使用される。ビジネスモデルが、リカーリングモデル、ジレットモデル、プラットフォームビジネスモデルなど、さまざまなパターンによって整理されるようなものだ。また、オントロジーは情報の検索や検索結果の精度向上にも寄与する。たとえば、ある領域のオントロジーが整備されていると、その領域の情報を検索する際に、より精度の高い検索結果を得ることが可能になる。オントロジーによって示された構成要素のつながりから、いわば芋づる式に情報を導き出せるからである。推論の基盤
オントロジーは、新たな情報や知識を推論するための基盤としても使用される。オントロジーが知識の関連性や構造を表現しているため、一部の情報から他の情報を導き出すロジック(推論)が可能になるのだ。オントロジーが定義するエンティティ間の関係性から推論を行ったり、階層構造から推論を行ったりすることができるのである。ビジネスモデルで言えば、たとえば、「他社よりも高い販売価格」という要素があれば、「他社にはない価値提案があるのではないか」と推論が可能となる。これは、さきほども触れた価格(Pricing)と提供物(Offering)との関係が定義されているからこそ、可能となる推論なのである。
こうしたオントロジーは、以下のステップに従って構築される。
ドメインと範囲の定義
最初のステップは、オントロジーが何を表現するべきかを決定する。すなわち、オントロジーがカバーする領域(ドメイン)とその範囲を定義するところから始める。用語集の作成
次に、ドメイン内で重要なエンティティや概念、関係をリストアップする。このステップでは、対象となるドメインの基本的な語彙を集める。ヒエラルキーの定義
用語集を基に、エンティティや概念の間の階層構造(通常は「is-a」関係)を定義する。例えば、"Dog is-a Animal" のような関係である。関連性の定義
ヒエラルキーの次に、エンティティや概念間の非階層的な関係(「has-a」関係など)を定義する。例えば、"Car has-a Engine"のような関係である。ルールの定義
最後に、ドメイン内の事実や振る舞いを表現するルールや制約を定義する。一般的に、特定の条件下で成り立つ規則や法則を表現するものである。
※オントロジー工学について素人なので、正確な情報についてはぜひ調べていただけたらと思う。
ビジネスモデル・キャンバスは、こうした知識工学に基づいて設計されたものである。一方、派生のリーン・キャンバスはオントロジーを構成していない。ビジネスモデル・キャンバスとリーン・キャンバスは似ているようでまったく出自の違うツールである、というようなことも、理解できるのではないかと思う。
小山龍介
株式会社ブルームコンセプト 代表取締役 CEO, Bloom Concept, Inc.
名古屋商科大学大学院ビジネススクール 准教授 Associate Professor, NUCB Business School
FORTHイノベーション・メソッド公認ファシリテーター
『Business Model Generation』を翻訳。独自の視点で著名企業のビジネスモデルを分析、解説するワークショップほか、企業の新規事業構築・新商品開発のコンサルティング、地域での起業支援を行う。
京都大学文学部哲学科美学美術史卒業。大手広告代理店勤務を経て、サンダーバード国際経営大学院でMBAを取得。卒業後は、大手企業のキャンペーンサイトを統括、2006年からは松竹株式会社新規事業プロデューサーとして歌舞伎をテーマに新規事業を立ち上げた。2010年、株式会社ブルームコンセプトを設立し、現職。
翻訳を手がけた『ビジネスモデル・ジェネレーション』に基づくビジネスモデル構築ワークショップを実施、多くの企業で新商品、新規事業を考えるためのフレームワークとして採用されている。インプロヴィゼーション(即興劇)と組み合わせたコンセプト開発メソッドの普及にも取り組んでいる。
ビジネス、哲学、芸術など人間の幅を感じさせる、エネルギーあふれる講演会、自分自身の知性を呼び覚ます開発型体験セミナーは好評を博す。そのテーマは創造的思考法(小山式)、時間管理術、勉強術、整理術と多岐に渡り、大手企業の企業内研修としても継続的に取り入れられている。
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