丹波篠山で進むフットパスづくり
文化庁の日本遺産事業という、文化財を活用した地域活性化のプロジェクトに関わって、8年ほどになる。初期にはかなり深く文化庁ともやり取りしていて、制度設計に近いところで関わっていた。その後、認定地域の取組をサポートするプロデューサーやコーチという立場でアドバイスを行っている。その日本遺産をきっかけとして、たとえば大分県の文化財保存活用大綱策定や文化財保護審議会の委員を務めたり、兵庫県丹波篠山市では、日本遺産・創造都市推進委員会の委員長を務めたりしている。
そして今日は、丹波篠山市での令和6年度第二回の委員会が行われた。その会議で、日本遺産の今後の取組について、文化庁からの指摘事項にどのように対応するのか議論が行われた。文化庁からは、丹波篠山市のさまざまな文化財を一体的に享受するためのモデルコースなどの深掘りが必要だという指摘があった。
私の経験からすると、文化庁の地域へのこうした指摘は、十分に地域の状況を理解して行われているとは言いがたい。104か所もある認定地域について、実情を深く理解しろというのは、とうてい無理だろう。そのため、私のような地域に関わるプロデューサーやコーチが、橋渡しをする必要が出てくる。今回のこの指摘も、実は深刻に受け止めるべきかどうかは、判断が必要だ。もちろん、文化財保護に関するさまざまな補助金の出どころは文化庁なので、無視するわけにもいかないが。
ただ、こうした(ときには的外れに思えるような)指摘にも、議論を深めていくきっかけとして活用するのが、前向きな態度だろうと思う。話はかなり迂回したが、要は、橋本治的に言えば「上司は思いつきでものをいう」ところがあるわけで、それを真に受けるのではなく、それをうまく解釈して活用するのが、私たち地域の「知恵」なのだということだ。
ともあれ、今回は「モデルルート」。たしかに、丹波篠山には、モデルルートがあまり示されていない。これは確かだ。市町村合併でできた市であり、いくつかの地域に分散し、また各地域でそれぞれ独自の文化が残っている。これらを結んでいくモデルルートを設定して、丹波篠山市としての魅力を一体的に見せていくことは重要だろう。これは、さほど難しいものではない。丹波篠山で言えば、城下町である河原町妻入商家群や武家屋敷群、丹波焼の里である丹波立杭、最近活性化が進んでいる宿場町福住などをサッと結べば、文化庁の求めるモデルルートになるだろう。しかしこれだけでは面白くない。
丹波篠山では、もう一段難しい、新しいモデルルートの設計に取り組んでいる。それが、いわゆるフットパスと呼ばれるものだ。フットパスとは、イギリス発祥の「森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)【Path】』(日本フットパス協会)である。観光用に整備するのではなく、地域の生活がそのまま感じられるような、集落の中の小径整備である。
これが非常に難しい。まず、集落の中に知らない人が歩くなんてことは、地元の人からすれば受け入れがたい。昨今、闇バイトによる民家襲撃なんていう、とんでもない事件も起こっており、見知らぬ人が歩いているという状況に対して、みな神経をとがらせている。そんななか、「フットパス」なんていう取り組みが簡単に許容されるはずがない。
丹波篠山では、そうした状況の中でも、地元の人の理解を得るための関係者の地道な取り組みが進められ、本当に一部ではあるが、「フットパス」が整備され始めている。このフットパスは、地域の人にご迷惑をかけないよう、地元ガイドをつけて行われる、セミクローズドなものだ。だから、インターネットで調べてもでてこない。何か問題が起こって取り組みが中止にならないよう、関係者は慎重に進めている。
そしてこの、地元の生活を大切に守りながらのフットパスが、大好評だというのだ。その理由は言わずもがなだろう。そこには生き生きとした生活があり、そのローカルな生活の一端に触れる経験は、たとえば大型バスでやってきて足早に巡る観光とは、まったく異質の体験となるからだ。
さらに、このフットパスの取り組みは、地域住民の理解を深め、外部から訪れる人々との新しい形の交流を生み出すだろう。地元住民がガイドとして参加することで、地域の歴史や文化、風習が直接的に共有される場となり、単なる「観光」以上の価値が生まれている。訪れた人々は、観光地として整備された場所以上に、丹波篠山の生活の息吹を感じ取ることができるのだ。
こうした取り組みが積み重ねられていくことで、丹波篠山は単なる観光地としてではなく、訪れる人々にとって「第二のふるさと」となり得る場所へと進化していくに違いない。こうしたフットパス整備は、地域活性化のひとつのモデルケースとして、全国の他の地域にとっても示唆に富むものとなるだろう。文化庁からの指摘事項を単なる課題と捉えるのではなく、地域の潜在力を引き出す契機として捉える。これこそが、中央省庁と地域とが一緒になって取り組む地域づくりの要諦だと思う。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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小山龍介のビジネスモデルノート
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