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浅井健一のFantasyは続く

浅井健一のニューアルバム『OVER HEAD POP』がリリースされた。浅井健一は、1990年代にブランキー・ジェット・シティのギター・ボーカルとして活躍し、解散後はSherbets、AJICOを始めさまざまなユニットを組みながら、ソロでも旺盛な活動を続けている。というか、多くのバンドが数年に一枚のアルバムをリリースする中で、2020年代に限ってみても、

2021年4月7日 浅井健一『Caramel Guerrilla』
2021年5月26日 AJICO『接続』
2022年4月22日 Sherbets『same』
2023年4月26日 Sherbets『Midnight Chocolate』
2024年3月13日 AJICO『ラヴの元型』
2024年10月9日 浅井健一『OVER HEAD POP』

という恐ろしい勢いでリリースし続けている。今年、59歳。この年になっても、その創造力は衰えることがない。というか、加速し続けている。

浅井健一の魅力をひとことで言うならば、ファンタジックな世界にある。ブランキー・ジェット・シティは架空の街で、そこでは暴力的なできごとと、そこで静かに傷つく繊細な心が描かれていた。やがて、バンドとしてのブランキー・ジェット・シティは解散しつつも、架空の街はこの広い空の下、浅井健一のイマジネーションとともに広がっていった。

たとえば、今年リリースのAJICOの『ラヴの元型』に収録された「あったかいね」という曲にも、その街の様子が描かれていた。十代のころから住んでいるので、もう懐かしさでいっぱいだし、この街がまだ健在であることをとってもうれしく思っている。

街に 春が 舞い降りた
歩こ すごく いい香り
誰かがパンを 焼いてるな
ここは誰でも 住んでいい街

胸の扉 ちょっと開けて
思い浮かべる それが家賃 whoa
やっすいね

AJICO「あったかいね」

この街に住むには、意外にも家賃が必要なのだが、それが「胸の扉ちょっと開けて思い浮かべる」というもので、とても「やっすい」。浅井健一のこうした空想は、こうしてちょっとだけ現実をかすめていく。この架空の街は、現実の街に負けず劣らず、複雑さを持っている。

さて、今回の新曲「Fantasy」は、そのタイトルとは裏腹に、現実世界にダイレクトに接続する。「この国の税金って めっちゃんこ高いね」「メガソーラー広大な山削り 鳥も死ぬ 何やっとんの」「AIってよく聞くね すごいのかチープすぎるのか そのうち分わかるわ」。かつても、「38 Special」という曲でストレートに歌ったことがあり、それを思い出した。


渋谷とかさ 銀座とかさ 原宿とかさ
CMだとかさ 政治家の脳みそだとかよ
音楽とかさ フォークソングだとかよ
なんか腐ってない
(中略)
豚のほうがよっぽど純粋だぜ
ゴキブリの方がよっぽど人生に忠実な気がするぜ

Sherbets「38 Special」

こうしたストレートな社会批判が、しかし浅井健一にかかると、しっかりFantasyに着地する。浅井は、架空の街に戻って来る。

カントリーロード 故郷へ 帰る道 久しぶり
あの子にも 会いたいな
誰もいない その部屋で
耳を澄ますのもいいぜFantasy

浅井健一「Fantasy」

これは現実逃避ではない。税金やメガソーラー、AIの問題を、記号として捉えるのではなく、自身の実感の中に位置づける。これは、浅井健一のひとつの態度表明なのだ。「めっちゃんこ」「何やっとんの」と方言で語られる批判は、こうした問題に対するいらだちとともに、その複雑さを浮き彫りにする。

今回のアルバムの発売を機に行われたインタビューの中で、たとえば原発について次のように語る。

自分が思うのは、回すも回さないも、ちゃんと世界全体でどういう状況なのかをわかってから意思を決めるべきであって。怖いからとにかく絶対に何がなんでも反対だーっ、てなるのは良くないと思うんだわ。

「浅井健一が語る、人生で一番大事なもの、社会や経済を批評的に考える重要さ」
https://rollingstonejapan.com/articles/detail/41663/2/1/1

浅井の社会批判は、「何がなんでも反対だーっ」ではないところから、言ってみれば、Fantasyにもとづく実感から起こっている。そこには、嘘がない。普通はそれを、「生活実感から」などというだろう。でも、浅井にとっては、生活もまた、嘘が紛れ込んでくる世界だ。

浅井健一の魅力はFantasyだ。その奥底で、宮沢賢治の言うような「ほんとう」に着地しているように思うのだ。

小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授

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